2008年12月16日
FEZ BL読み物 番外編
現在『ふぇず倉庫』様本拠地にて連載? させていただいてる某ぢるかるシリーズなのですが、ちょうどこう、三角関係みたいな状態になっておりましてですね。
そこで登場している戦友君視点の番外編を書いてみております。
本当は1本にまとめるつもりだったのですが、なんだか思っていたより長くなってしまったので、二本に分けました。
とりあえずは前編ということで途中までお届けします。
連続モノのほうの、『捩れた恋情・交叉』あたりまでの話となります。
今までR15〜R18っぽいかなぁというものは文字の色変えして載せていたのですが、自分が確認とかするときにも見づらいのでもう気にせずそのまま貼ることにしました!(開き直り)
というわけで、苦手な人は以下に進まずに避難しておいていただけると助かります。
では、実際の文章は折り返し部分からどうぞ。
(※同日昼ごろ一部表現と誤字修正)
そこで登場している戦友君視点の番外編を書いてみております。
本当は1本にまとめるつもりだったのですが、なんだか思っていたより長くなってしまったので、二本に分けました。
とりあえずは前編ということで途中までお届けします。
連続モノのほうの、『捩れた恋情・交叉』あたりまでの話となります。
今までR15〜R18っぽいかなぁというものは文字の色変えして載せていたのですが、自分が確認とかするときにも見づらいのでもう気にせずそのまま貼ることにしました!(開き直り)
というわけで、苦手な人は以下に進まずに避難しておいていただけると助かります。
では、実際の文章は折り返し部分からどうぞ。
(※同日昼ごろ一部表現と誤字修正)
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『惑いし友誼』
カセドリア連合王国。
帝国に反旗を翻し、独立を勝ち取った小国の集まり。
帝国支配下にあった辺境の村のひとつから始まり、一介の傭兵だったウィンビーンがエルフ族の生き残りであるティファリスを聖女王として担ぎ上げ、傭兵や小国の民を扇動するかのように起こした独立戦争があった。帝国軍の兵の中にも、彼ら反乱軍に与する者も出て、一時はストリクタ・エイケルナル両大陸が大きく混乱の渦中に陥ったものだった。
今、連合王国に所属する傭兵は、その出自を語らない者が多い。
この赤毛の戦士もそうだった。
本来、魔道で有名なエルソード王国で、ごく普通に軍人を目指して鍛錬を続けていた若者のひとりだった。
特に嫌なことがあったわけではない。
ただ魔道ばかりが重宝されるその国で、戦士としての腕を磨くことの限界を感じていたのは確かだ。
伸び悩み悶々としていたところへ、帝国の支配下にあった一部の小国が独立したという噂が流れ着いた。
あの帝国から自由を勝ち取るとは。
直接帝国兵と剣を交えたことはなかったが、常に勢力を保っていた帝国には一種の憧れを抱いていた。
皇帝が亡くなった後、内部でのいざこざで荒れているという噂もあるにはあったが、それに便乗した形だったとしても、独立戦争などそう簡単に成功するようなものではない。
その反乱軍に属していた兵士たちを見てみたくなったのだ。
独立してすぐは様々な問題も抱えているだろう。助けてやりたいという気持ちもあった。
船に乗り、ネツァワル王国を経由して、連合王国の首都となったアズルウッドを訪れた。
一般の国民の生業が漁業中心であったエルソードの首都リベルバーグと比べ、同じように水辺にある都市だというのに明るくのんびりとした印象だった。
リベルバーグが面していた北の海は波が荒めで、しかしそのおかげで魚介の種類が豊富なのだと聞かされていた。
アズルウッドから見える海は穏やかで、暖かい日には水辺で遊ぶ子どもの姿も見られた。
これからしばらくはここで暮らすのだと思うと、なんだかそれだけで幸せな気分になったのを覚えている。
しかし部屋も探さなくてはならないし、軍に所属を申し出るにはどうすればいいのかと、訪れてすぐにはわからずに戸惑い、周囲を見回していたときだった。
「何か探してるのか?」
初めて言葉を交わしたのはこのときだった。
赤毛の戦士より少しだけ年若く見える、銀色の髪の戦士。
「あ……傭兵として雇って欲しくて首都まで来たはいいんだけど、よくわからなくて〜」
「じゃあ案内するよ。今なんだか人の出入りが激しくて混乱してるみたいだけど」
独立戦争は終わったと考えて故郷に戻る者もいれば、帝国の支配から逃げ出したいと考え新たに加わる者もいて、傭兵向けの部屋の手配なども遅れ気味だった。
「俺は今部隊の世話になっててそこの部屋借りてるだけだから紹介とかできないけど」
当時、銀の髪の青年が所属していたのは、外部からの傭兵部隊ではなく小国出身の者を中心にまとまっていた部隊だった。明らかな他国からの傭兵を受け入れてはいなかったのだ。
「傭兵部隊には専用の宿舎もあるらしいから、部隊にさえ所属すれば部屋はすぐだよ」
道すがらそういった説明を受けながら、城の近くにある詰め所のような場所へ向かった。
誰に相談すればいいのかなどを話すと、青年は、
「戦士同士、戦場で会ったらよろしくな」
とだけ言って、礼に奢るというのも辞退して去ってしまった。
◇◇◇
傭兵部隊のひとつに所属した赤毛の戦士は、祖国では両手斧を振るっていたのだが、連合王国では盾と片手剣に持ち替えて味方の支援の仕方を学んでいた。
住んでいる区画が違ったためか、しばらくの間会うこともなかった銀髪の青年と、久しぶりに再会したのは戦場でだった。
ネツァワルの戦士集団に押され撤退戦を余儀なくされていたシディット水域で、気がつけば互いに庇いあいながら殿(しんがり)を務めていた。
味方の合流を待つまでもなく、撤退中に敗戦を告げる鐘の音を聞くはめになったが。
負けたからとか、疲れたからとか、そういったものではない何かを感じさせる溜息を、青年はついていた。
「おつかれ〜。悔しいなぁ」
そう声をかけた赤毛の戦士に、銀髪の青年は少しだけ苦笑して見せた。
「そうだな。……部隊にはもう慣れた?」
覚えていてくれた。ただそれだけでなんだか嬉しかった。
他国からの傭兵で組織された部隊にいるからといって、それぞれが違った事情で雇われているからなのか、そう簡単に打ち解けられる状態ではなかった。むしろ何を考えているのかわからない老兵や子どもまでいて、それぞれが互いに干渉したがらないため居心地が悪かった。
「うん、なんとかやってる〜。あの時はありがとう」
心配させたくなくて、嘘をついていた。
「そっか、それは良かった」
その後も何度か、前線で会うようになっていった。
部隊の仲間と行動すると会えないことが多かったため、部隊からは自然と足が遠のくようになった。
戦功も上げ、この地域の魔物狩りにも慣れて生活に余裕ができた頃、赤毛の戦士は部隊を抜け、自分で小さな部屋を借りて住むようになった。
そのとき、無意識のうちに、銀髪の青年の部隊が寮を構える地域を選んでいた。
帰還する際に首都で会い、話をするようになった。
青年はどこか人を避けているような節はあったが、当たり障りのない話題には乗ってきた。
大勝利を収めた際など、飲みに誘ってみたのだが、生活に余裕がないからと断られたこともあった。
「狩りが苦手なの?」
一度、そう訊ねてみたことがある。
「そうだな、あまり得意ではないな」
答える青年は苦笑していた。
「まあ、盾持ちは魔物狩りはしにくいよな〜」
祖国では両手斧を扱っていた戦士は、狩りの効率の差を身をもって知っていただけに、やはり苦笑するしかなかった。
金がないなら、と、戦士はその辺で安酒を買い込み、青年を部屋に招いた。
そのときも、ただでは飲めないと言い張り、青年は無理矢理半額を置いて帰った。
初めて会ったときの礼は、なかなかできなかった。
◇◇◇
ある日、戦後の青年の様子がおかしいことがあった。
帝国と争っていたその戦場で青年は、ナイトを召喚し、敵陣の奥まで入り込んで、最終兵器とも呼べる「キマイラ」の動向を伺う役を担っていた。
途中までこまめに送られてきていた情報が、突然途切れがちになって心配はしたものの、帝国軍は結局キマイラを召喚することさえできないまま敗北を認めて去って行った。
「何かあったのか?」
戦後、青年の姿を見つけて声をかけた。
普段と自分の口調が違ってしまっていたことに後から気づいたが、なぜ自分がそんなに焦っているのかわからなかった。
「……いや、何でもない」
青年は何か遠くを見ているような、心ここにあらずといった態度でぽつりと答える。
何でもないようには見えなかった。
「話したくないなら無理に話さなくていいけど……大丈夫?」
「すまない、本当になんでもないんだ、心配しないでくれ」
力なく微笑んで、青年は逃げるように帰還してしまった。
後を追うように首都に戻り、腕を掴んで無理矢理引きとめた。
「ひとりで抱え込むから辛いんじゃない? 俺は、この国の人間じゃないから、なんのしがらみもない。他の奴に言えないようなことも聞いてやれるかもしれないよ?」
その言葉に、青年は一瞬心が揺らいだのか動きを止めた。が。
「帝国の拠点近くに、……知り合いに似た顔を見つけたんだ。それで動揺しただけだ」
それだけ言って、黙ってしまった。
それ以上はどうしても、誰にも言えないのだという、壁のようなものを感じた。
「そっか……」
問い詰めるわけにもいかず、戦士はその手を離す。
そのまま青年の後姿を見送るしかなかった。
青年が所属していた部隊を抜けたのは、その翌日だった。
◇◇◇
しばらくの間、青年はどこの部隊にも所属せずにいたようだった。
部隊の宿舎は出てしまったようで、住んでいる場所がわからなくなった。
戦士は戦場で見かけるたびに、自分と一緒にどこかの部隊に入らないかと声をかけようとして、結局言えないまま過ごしていた。
具体的にどこの部隊がよいかなど、わからなかったのもある。また自分自身、どこにも所属していない今が過ごしやすく、同じようにどこにも所属せずにいる青年も同じ気分なのかもしれないと思うと、誘うことができなかった。
それだけでなく、常にどこか悲しげな、寂しげな顔をしている青年にどう声をかければよいのかと迷ううちに、いつも先に帰還されてしまって普通の会話すらほとんどできなくなっていたのだ。
そうこうする内に、かなりの月日が流れてしまっていた。
ある日、同じ前線にいたその銀髪の青年が、赤い髪の少年と何か話しているのを見かけた。
部隊がどうこう、と言っているようだった。
思い出してみれば、青年とその短剣使いの少年の動きが上手く噛みあっていて、青年が気絶させた相手の防護の力を少年が奪い、他の仲間たちが確実に止めを刺す、といった場面が何度もあった。
どうやら話がまとまったのか、互いにクリスタルを取り出して、何かの契約を交わし始めた。部隊への所属の手続きのようだ。
そうわかった瞬間、走り出していた。
「俺も、部隊に入れてくれないか?」
◇◇◇
話を詳しく聞いてみると、その部隊はほとんどが他国からの傭兵で構成されているとのことだった。
中には出自を語らない者もいたが、それもすでにいつものことだと思えるようになっていた。
「今は俺が一応部隊長だけど、その内交代するからよろしくな」
赤毛の少年は二人を仲間に紹介しながら、そんなことも言っていた。
「知り合いにさ、魔女がいるんだよ。その子がしばらくカセドリアに居ることにしたから、戦力が欲しいんだってさ」
元々地位といったものにあまり興味がないのだろう。少年は自分の目で納得の上集めたその傭兵たちと、そして自分自身をあっさりとその魔女に渡すことに同意したのだ。
「すんげー強いんだぜ、その魔女。だからきっと俺が隊長してるより楽しくなるって」
あっけらかんとそう言い放つ。
そんなに言うなら、よほど恐ろしい姿をした魔女なのだろうと、戦士は半ばびくびくしながらその新しい隊長が訪れる日を待った。
が。
目の前に現れたのは、下手すれば自分の半分の歳にも満たないかという、幼い少女だった。
「今のところ雷を中心に扱ってるが、そのうちてきとーに変えたりもする。まあ、よろしくな」
そんな外見に似合わぬ、どこか毅然とし、それでいて飄々とした口調で挨拶を終えて、部隊員の顔を見回した。
「構成はそれなりにバランスがいいな。定期的に日を決めてその日は全員で同じ戦場に行くぞ」
早々に方針のひとつを決めて、その日は解散となった。
宿舎とは別の方向に歩いていくのを見て、どこに住んでいるんだろう、と疑問に思った瞬間。
少女はふわりと宙に浮き、消えた。
「魔女……か……」
クリスタルの転移ともどうやら違うその消え方に、なんとなく「魔女」と呼ばれる所以がわかった気がした。
隊長の住処はともかく。
自分で部屋を借りるだけの余裕はあったのだが、青年が部隊の宿舎に入ると聞き、そしてその隣の部屋が空いていると知って、戦士はすぐさま自身も入居すると決めた。
焦らずとも、入居する順に部屋が決まっていたため、他に新入りの予定のなかったその時期なら必然的に隣になったのだが。
「新入り同士、よろしくな〜」
「ああ、よろしく」
答える青年の笑顔はどこか苦笑交じりだったが、それでも笑いかけてくれたことが、なんとなく嬉しかった。
◇◇◇
部屋が近いこともあり、そして何より同じ部隊に入ったことで、親しく話したり、戦場でも共に背を預けあうようなことが増えた。
同じ盾持ち同士、一緒に切り込んだり、その場を維持したり、庇いあったりと、何も言わずに息の合った戦いができるようにもなっていた。
部隊総出で挑んだ戦争に快勝し、部隊の大半が酒場に繰り出そうというとき、青年はやはりそれを辞退して帰ろうとしていた。
「なあ、それなら部屋で一緒に飲まないか?」
以前みたいに、と、なんとなく誘ってみた。
「そういえば、そんなこともあったな」
同じように安い酒を買い、いくらかのつまみも入手して、部屋で何を語るともなしに、のんびり酒を酌み交わした。
以前は自分のほうが早々に酔ってしまって気づかなかったのだが、青年はあまり量を飲んでいなかった。
「酒、弱いの?」
「あまり飲まないから、慣れてないだけかもしれないけど」
少量ですぐに酔うのもあって、控えめにしているのだと言った。
「そっか〜……じゃあ賭け事とか、女とかは?」
なんとなく、「ごく普通の楽しみ」だと思ってそう訊ねてみたのだが。
「賭け事は元手もないし、得意じゃないな……女性は、そういういい加減な気持ちでは、ちょっと」
ものすごく真面目臭い答が返ってきて、正直驚いた。
「あの〜、あのな。すごい失礼なことかもしれないけど、聞いていい?」
酔いが回ってきていたのもあってか、戦士はつい、突っ込んだ部分まで聞きたくなってしまっていた。
「なんだ?」
「もしかして、女抱いたこと、ない?」
「……」
どことなく赤くなって黙ってしまった青年を見て、戦士は再び驚いていた。
成人した男が、一度も女を抱かずに生きていられるのかと。
「ないんだ……」
「わ、悪かったな。商売でそういうことをする女性を蔑む気はないが、金で買うってのにも抵抗があるんだ。戦争戦争で恋愛なんてしてる暇なかったし……」
そういう青年の言葉には、どこか隠し事があるようにも感じられた。
恋愛など、頭で考えてするものではない。暇の有無など関係ない。
むしろ、戦場なんていう命がけの緊張続きの場所で、恋に落ちない者などあろうか。
「奥手すぎでしょそれ……」
「言うな。相手に申し訳なくて断ったりはしたが、奥手とかそういうことじゃなくてだな」
「それを奥手って言うんだよ〜! もったいない!」
酔いが手伝ってか。戦士はやけに陽気になってしまっていて、はしゃぐ気持ちが止まらなかった。
「お兄さんがいろいろ教えてあげようか〜?」
そう言って肩を組み、体重をかけて圧し掛かる。
「何言ってる酔っ払い……重いって」
青年のほうも酔っているからか、振り払おうとする手に力が入っていない。
元々、顔が苦笑したままなところを見ると本気で払いのけようともしていなかったようだが。
「女の子の肌は柔らかいよ〜? 気持ちいいよ〜?」
それを知らないなんてもったいない、と言いながら、ふざけて服の中にまで手を突っ込んでいた。
「ちょっ、くすぐったいって……この酔っ払いがっ」
今度は本気で振り払おうとしたのか、腕を大きく振ったが、青年はその反動で体勢を崩す。
体重をかけていた戦士も一緒になって、倒れ込んでしまった。
「あんたじゃ柔らかくもなんともないじゃないか……重いし」
呆れたように青年が言う。酔っているからなのかいつもより饒舌だ。それがなんとなく嬉しくて、どんな顔をしているのか見ようと、顔を上げた。
いつもは暗く沈みがちなその顔も、今は笑っているのだろうか、と。
「……」
女の話をしてふざけていたはずなのに。
酒のせいか少し上気して、しかも滅多にない機嫌のよさそうなその表情を見た途端、なぜか心臓が一度、大きく脈打った。
「ああもう、重いって」
混乱しそうになった思考は、そういって押し退けた青年の手によって、一緒にどこかへ押しやられた。
飲みすぎて脈がおかしくなったんだろう、とそのときは思って終わった。
「なんだか眠くなってきたから、部屋戻る」
「う、うん。俺ももう寝るよ……なんかめまいが」
片付けようとする青年を「後でやるから」と制して帰らせ、自分はベッドに転がる。
「酒のせい、酒の」
そういえば最近ご無沙汰だった。欲求不満なのかもしれない、と考え、戦士は翌日の夜その手の酒場にひとり繰り出した。
◇◇◇
やはりあれは酒による動悸だったのだな、と思いながら、それまでどおりの生活を続けていた。
相変わらず青年の表情は暗く沈みがちなことが多い。
どうしても笑わせてやりたくて、何かと理由をつけてはお茶や酒につき合わせ、話題を探した。
ある休日の昼ごろのこと。
何気なく街に買い物に出た途中で、青年が小さな女の子を助け起こしているのを目撃した。
どうやら転んでしまったらしいその少女は、今にも泣き出しそうなぐずりかたをしていた。
そんな少女の目線に合わせるように、青年は膝をついてそっと少女を抱き寄せ、頭を撫でてやっていた。
戦士は足を止めるのもおかしい気がして、そのまま少しずつ近づいていく。
「大丈夫、大丈夫」
そう言って頭を撫で続けながら青年がそっと離れると、少女は涙の滲んだ目を擦りながらも、頷いて、まるでお返し、とでもいうように青年の頭を撫でて、去っていった。
そのときの青年の、微笑んだ顔に、何か心がざわつくのを覚えた。
今は酒など入っていない。
青年がこちらに気づいて顔を上げる。
何か言わなければ。なぜかそう焦っていた。
「もしかしてロリコンなの?」
「は?」
言ってしまってから、自分を激しく殴り飛ばしたい気分になっていた。
「いやほら、女とそういう関係になれないのはそうなのかなとか」
「何言ってんだ……」
呆れた、という顔で苦笑して、青年は立ち上がる。
「昔、小さい子の面倒みてたことがあるから、お守りの仕方を知ってるだけだよ」
どことなく照れたような顔で言うと、青年は目を逸らした。
そんな仕草にまた、なんだかよくわからない感情が沸き起こる。
宿舎に戻るところだったらしい青年は、そのまま帰っていった。
なんとなくのんびり買い物という気分でもなくなってしまい、必要なものだけ買い揃えると、戦士はすぐに自室に戻って鎧を身につけた。
部隊の活動としては休日としている日だったが、無心になって戦いたくなったのだ。
くたくたになるまで戦い続け、その日はすぐに眠りについてしまった。
◇◇◇
それからまたしばらく後のことだった。
部隊の仲間のほとんどが本土の防衛戦に参加しており、運悪くひとりあぶれてしまった戦士は、暇をもてあまして他国の援軍に入っていた。
普段は滅多に立ち入らない、中央でも北寄りに位置するホークウィンド高地。
正直なところ、援軍の数も少なめで勝利の見込みも薄い戦場だった。
無茶をして命を削るのも、高価な薬品を飲みまくるのもご免こうむりたいところだった。
「召喚するか……」
召喚獣を呼び出したからといって命の危険がなくなるわけではないが、生身で戦うよりはいくらか安全だという気持ちがあった。
ナイトを召喚し、始めは味方の重要召喚を護衛し、体力が減ってきたところで遠方からクリスタルを運搬する「輸送」役に切り替えた。他に名乗り出る者もなかったため、結局ほぼ終戦間際まで運搬を繰り返していた。
そろそろ戦争も終結かという段階になって、それならもう運搬はやめ、遠方のクリスタルで傷を癒そうと、残量の多い堀場へ向かって召喚術を解いた。一応一番安い回復剤を口に含みつつ、クリスタルの脇に腰掛けたところで。
奇妙な音が聞こえることに気づいた。
音というか、声というか、息遣いというか。
(なんだ、負けも決まってのんびりいちゃついてるのか……?)
やれやれ、と思いつつ、なんとなく好奇心が働いてしまい、回復もそこそこに声のする方角を探り始める。
どうやら崖下のようだ。崖上から覗くとすぐに見つかってしまうと考え、わざわざ下に降り、物陰に隠れながら近づいていく。
途中で、なんとなく違和感を感じた。
その違和感の正体は、二人を見てすぐにわかった。
息も荒く、装備もほぼそのままに無理矢理交わっていたのは、どちらも男性だったのだ。
されている側、はそれなりに肌も白く線も細いが、やはりどう見ても男性だ。
声もそれほど高くはない。
遠征を行うような時や、戦争が長時間に渡る際、それに布告待ちなどで時間があるとき、女性に手を出すと妊娠の危険もあるということで、男性同士でそのような、まるで事務的に処理するかのような行為を行うことがあるというのは、噂には聞いていた。
だが、実際に知り合いにそんなことをしているという者はいなかったし、目撃したのも、これが初めてだった。
焦って男なんかに手を出さなくとも、そして妻や恋人がいなかったとしても、帰還すれば体で商売をする女が街にいる。一仕事終えて帰って、女を抱くのが最高なんじゃないかと、目の前の光景を理解できずに戦士は首を捻る。
この戦場は、エルソード軍の防衛戦だった。
祖国の兵に、そんなことをする者が本当にいると知って、大きな衝撃を受けていた。
だがその衝撃が収まり始めると、少しずつ妙な気分になってきていた。
なんせ目の前の二人は本当に気持ちよさそうなのだ。
装備を見るに双方とも戦士だった。
金属の軋む音に混じる、吐息や声と、卑猥な摩擦音。
女のように抱かれて喘ぐ男の声が、戦士から少しずつ理性を奪っていく。
揺れる髪は、少しだけ長いが同じ銀色をしていた。
(誰と比べてんだ俺は……)
一瞬浮かんだ顔に自分で愕然としながら、目をきつく閉じる。
このままここにいたらおかしくなる、そう危険を感じて離れようとしたが。
その瞬間に、脳髄を直接刺激するような艶かしい声が上がる。
「そんな声上げたら聞こえちまうぞ」
抱いていた側の男だろうか、そんな風に笑う声が聞こえる。
「あんたが激しすぎなんだよ」
「でもよかっただろ?」
不思議な会話が聞こえてきている。戦士はその場から動けなくなってしまった。
クリスタルの地図を見られたらここにいることはすぐにバレるのだが、直接自分の姿を見られるほうが怖く、物音を立てないように必死に息を殺していた。
話を聞いていると、どうやら二人は恋仲というわけでもないらしい。
本当に、今ここで偶然出会って、その気になっただけの間柄のようだ。
そんなことがあるのかと、まったく知らない男なんかになんで欲情できるんだ、と疑問に思ったのだが。
(嘘だろ……)
自身のものもしっかり反応していたのだ。
男の上げていた声に。
目の前で繰り広げられた光景に。
ひとりで衝撃を受けているうちに、いつの間に戦争が終わったのか、二人はこちらに気づくこともなく去っていった。
このままの格好で首都に帰還するわけにもいかないし、かといってここにいれば魔物が出る。
戦士はとりあえず、国の用意した訓練場へと飛んだ。ここなら使用さえされていなければ、誰からも見られず、どこかでひとりになることはできる。
そうして、入ってすぐに目の前にあった、形だけで矢を発しないアロータワーのひとつの中に入り込んだ。
とにかく一回抜いてしまえば治まるだろうと思ったのだ。
場所はもう気にしている余裕はない。誰かに見られる前にさっさと処理したかった。
数日前に抱いた商売女を思い浮かべる。肉感的で、みずみずしい唇がとてもかわいらしかった。
柔らかくて白い肌。甘い香り。こんな仕事をさせておくのはもったいないとも言えるし、逆に魅力的だからこそ商売になるのだろうとも言える、いい女だった。
いい調子で気分が高まっていく。
が。
先ほど目撃してしまった二人の行為がちらつく。
上がる声は、甘く艶があるのにやはり男のもので。
銀色の揺れる髪が。
短い。
「ばか、何考えて……」
自分にはなかなか向けて貰えない微笑が。
酒に酔った顔が。
切なげな溜息が。
「だめだ……」
手も、妄想も止めることができなかった。
ついさっきまで、信じられないと思っていた行為を。
妄想の中でとはいえ。
「俺、何やってんだ」
親友だと思っていた相手を、汚して。
自らの手の中に吐き出されたものを、ぼんやりと見つめる。
「ほんとに、何やってんだ……」
変なものを見てしまったせいでおかしくなっている。
そう思った。
早くすっぱりと忘れなければ。
忘れなければ、まともに顔など見れない。
のろのろと装備を整え、誰もいないことを確認して出ると、水辺まで降りて手を洗った。
いつまでも取れない気がした。
◇◇◇
結局、その後しばらくはまともに顔を見ることができなかった。
元々あまり青年のほうから接触してくることはないため、ごまかし続けることはできたのだが。
しかし、そんな風に接触が減っていたそのときに、変化は訪れてしまった。
ウェンズデイ古戦場。
部隊長の命令で入れる者は入れと呼ばれ、攻撃軍として開戦を待つことになった。
運悪く部隊長本人は参戦できずにはじき出されてしまったのだが。
残ったのは戦士と、魔道士の少女と、銀の髪の青年だった。
勘付かれないようにと、いつもよりもさらにのんびりした様を装っていた。
だから、少しだけ気づくのに遅れてしまった。
開戦前に、青年がなぜ敵軍の兵士ともめていたのかということに。
自分の口で「妹なんていたんだ」と訊ねたくせに、それすらとっさに出ただけの言葉で、その後忘れてしまっていた。
黒装束の射手に異様に拘る青年を、何をやっているのかと不思議な気持ちで見てはいたが、あまり視線を合わせずに済んでほっとしてしまっていた。
目が合ってしまったら、あのときの妄想を見抜かれてしまいそうで、怖かった。
ただ親友として、共に戦い、支え合っていたいと、笑顔にしてやりたいと思っていただけなのに、あんな酷い妄想をしてしまった自分を恥じていた。
戦争は連合軍の勝利に終わった。
しかし終わった後も、青年はその地に残ってしばらく何かを探していたという。
顔を合わせにくかった戦士は、早々に首都に帰還してしまっていた。
そしてまだ戻っていないことに、むしろ安堵していたのだ。
何にも気づかずに。
◇◇◇
その日辺りを境に、青年はあまり落ち着かなくなっていた。
敵の射手がいる辺りばかり気にして、気づくと前に出すぎるなどしている。
危なっかしくて見ていられずに、戦士はやっと元のように振舞えるようになっていた。
「ちゃんと周りみろ。孤立してるぞ」
つい、声から穏やかさがなくなるほど真剣になってしまっていた。
「あ、ああ、すまない」
青年はそう返事をしながらも、何か考え事をしているようで上の空だ。
戦後に部屋を訪れ、何度ノックしても出てこないからとノブに手をかければ鍵は開いていて、青年は窓辺でぼうっとしていた。
手元には何か手紙のようなものがあった。
「! 何勝手に入ってんだ」
青年は戦士が傍にいることに気づくと、慌てたようにその手紙を隠す。
「何度叩いても出てこないんだもん。何だよ、ラブレター?」
覗き見るような趣味はなかったため、ただからかうようにそう言ってみた。
「だったらよかったんだけどな」
心にもないことを言っている、というのがありありとわかる態度だった。
何かに心を囚われていて、他の事などどうでもいいといった印象だ。
「最近よく考え事してるみたいだけど、大丈夫か?」
自分は自分で、声から余裕がなくなっているのがわかった。
青年のこととなると、なにか常に焦りのようなものがつきまとう。
「何でも、ないよ」
青年は憂いを帯びた表情でそう呟き、また窓の外を眺め始めてしまった。
本当に何でもないと言える状態は、この日が最後だった。
◇◇◇
翌日。
青年は自室から直接クリスタルで移動したのか、午後はずっと何の気配もなかった。
物音がし始めたのは深夜になってからだった。
しかし、そんな時間にわざわざ部屋を訪ねて問いただすこともできない。
気になって気になって、戦士は結局一睡もできなかった。
さらに翌日、今度は青年は表に出て来ようとしなかった。
ずっと部屋に閉じこもっていて、声をかけても反応がない。
だが、部屋にいる気配はあった。
昨日何かあったのか、それだけでも聞きたかったが、ただ一言を交わすことさえ叶わなかった。
数日間、そんな状態が続き、さすがに部隊長が動いた。
どうやったのかわからないが、青年の部屋に入り込んで叩き起こし、支度をさせたと言って戦場に連れてきたのだ。
だが、あまりよく寝ていないのか、顔色も悪く、表情も冴えない。
まともに戦えずに、すぐに裏方に回されていた。
裏方にいても、考えて行動することができないのか、仕方なく戦士が傍についてクリスタルの採掘だけを行う状態だった。
「何が、あったんだ?」
ずっと何も言わずにただひたすら採掘を続けていた青年に、そっと訊ねた。
だが、反応を示さない。
「なあ……」
そう言って、肩に手をかけた瞬間、青年は怯えるように震えてそれを振り払った。
「……」
「あ……すまない……」
振り払ったあとで、青年は我に返ったかのように謝罪し、そのまま俯いてしまった。
「俺じゃ力になれないのか?」
何が起きているのかもわからず、どうしてやることもできずに、無力感に襲われて戦士は苦しげに呟いた。
「ごめん……今は放っておいてくれ」
そう言われて、それ以上しつこく訊ねるわけにもいかず、黙って傍についていることしかできなかった。
◇◇◇
その夜のことだった。
隣の部屋から、苦しげな声が聞こえてきたのは。
悪夢にうなされている、そんな感じだった。
二人の部屋はちょうど、鏡に映したかのような対称的な造りになっていた。
とはいえ、それほど広くもなく、構造も複雑ではないのだが。
ちょうど寝室が壁一枚を隔てて隣り合っていた。
恐らくベッドの位置も近いのだろう。
しばらくはうめき声のようなものが断片的に聞こえるだけだった。
あまりに苦しそうで、壁を叩いて起こしてやろうかと思ったくらいだ。
が、そのうちに。
その声が、どこかで聞いたような色を帯び始めたのだ。
嫌だ、と言っているような声も聞こえる。
だが、漏れ聞こえるその声は明らかに、あのホークウィンドで抱かれていた男が上げていたのと同じ類のもの。
自身の妄想の中で青年が上げていた声と同じもの。
「何で……」
してはいけない想像だと思っていた。
そんなのはおかしいと、まともじゃないと思っていた。
一時の気の迷いだと思って、心の奥に封印していた。
それなのに。
そうやって愕然としているうちに、隣から物音がしなくなっていた。
目が覚めたのか、悪夢が終わっただけなのかはわからないが、静かになった。
静かになっても、眠ることなどできなかった。
◇◇◇
明け方になってやっと仮眠程度に眠り、少しだけ寝坊して部隊の集合場所へ向かった。
まだ部隊長と青年がいなかった。
しばらくして、蜂蜜のような髪をなびかせながら、少女はふわりと空中に現れ、ゆっくりと着地した。
その後少しして青年も現れる。
昨晩の声が耳によみがえる。
戦士はできるだけ平静を装って、遅いぞ、と声をかけた。
他の仲間も口々に心配そうに声をかける。
青年は今日は大丈夫だと言って少しだけ微笑んだ。
何も聞けなかった。
大丈夫とは言ったものの、やはり本調子ではなかったのか、青年はナイトを召喚していたようだった。
戦士は盾持ちの数が少ないということで、ずっと前線を離れられなかった。
共に召喚をしたいと申し出たが、部隊長に許しをもらえなかったのだ。
「前線で押し負けたら、結局召喚してる者にも危険が及ぶぞ」
見透かされたようにそう言われ、従う以外になかった。
だが、そんな言葉を無視してでも、一緒にいるべきだったと、戦士は後悔した。
戦争後、部隊内でクリスタルの通信を行い、速やかに撤退したはずだった。
しかしその中に、青年がいなかったのだ。
クリスタルの波動から読み取れる位置情報で探す。
青年は、ヴィネル島にいた。
個別にメッセージを送ることはなんとなくためらわれて、部隊向けにそれとなく、
《まだ帰還してないのもいるのか》
と送ってみた。
返ってきたのは関係のない、別の部隊員の、他の戦場でてこずっているというものや、今日の立ち回りの反省で訓練場にいる、といったものだった。
(一体なにやってるんだ……?)
外に出たがらなかったはずの青年が、わざわざヴィネル島などに出向くとは。
ただ胸騒ぎばかりが激しくなって、戦士は一度ヴィネル島に足を踏み入れた。
が、詳しい居場所まではわからない。
無意味にいくつかの酒場を見て回って、ただ歩きつかれて帰還した。
部屋に戻っても結局眠れずに、何度もクリスタルで位置を確認したり、時間を見たり、物音がしないかと耳を澄ませていた。
しかしいつまで待っても青年は戻ってこない。ヴィネルを動かない。
うつらうつらとし始めた頃だった。
ドアを開けるような音が聞こえて、戦士は飛び起きた。
窓からはもう白い光が零れ落ちている。
もう夜明けだった。
部屋の中を動きまわる音がして、どさり、と近くに振動と音を感じる。
恐らくベッドに横たわったのだろう。
今訊ねても邪魔をしてしまうだけになりそうで、そして自身も酷く眠く疲労していたため、とにかく隣に戻ってきてくれたという安心感に身を委ねて眠りについた。
◇◇◇
目が覚めたのはそれから大して時間も経っていない、朝だった。
隣から、また声が聞こえてきていた。
うめき声ではない。苦しさもあまり感じられない。
快楽に、溺れる声。
壁はそれほど薄いわけでもないから、微かに聞こえてくる程度だ。
それでも、そのはっきりとせず途切れ途切れに聞こえる声が、余計に妄念を刺激する。
「くそ……っ」
こんな声を聞かせるほうが悪い。
だから心の中で何をしても文句を言われる筋合いはない。
誰に言い訳する必要もないのに、いや、自分の中の理性や良心に対してしておきたかったのかもしれない、言い訳が済むと同時に、すでに固くなってきていた自身に手を添えた。
聞こえてきていた声からその姿を想像する。
女を抱いたこともないと言っていた真面目そうなあの顔が、羞恥に歪む様を。
快楽に震える様を。
自身の想像力の逞しさに、戦士は苦笑する。
見たことがあるわけでもないのに、まるで何度もその姿を見たかのように容易に思い浮かべていた。
口づけ、抱きしめ、組み敷いて。
その身を貫く様を。
「ああ……」
この腕に抱きたかった。
手に入れたかった。
自分だけのものにしたかった。
「俺は……いつからこんな……」
ばかげた妄想にとり憑かれてしまったのだろう。
ばかげてる。
そうわかっていても止められなかった。
自分の想いを注ぎ込んで染めてしまいたかった。
「カ、ル……」
名を呼びながら、心の中でその欲望を遂げた。
◇◇◇
少しの間、自分のしてしまったことに呆然としていた。
これで二度目だ。
友達面してこんなこと。
ひどい奴だ。
自分で自分を責め続けた。
ずっとそうしていても仕方ない、と気づいたときにはもう昼近くなっていた。
「起きた、かな……」
ゆっくりとベッドを出て、湯を浴びにいく。
髪を整える気力さえなかった。
洗ったまま適当にふき取って乾くままに任せた。
戦争に出る気にもなれない。
適当な服を着た。
部屋を出て、隣の扉の前に立つ。
何度かその扉を叩く。
返事はない。
いるのはわかっているのに。
「いるんだろ? 朝帰ってきてただろ」
声にとげがあるな、と自分でもわかった。
何をこんなに苛立っているのだろう。
自分でもよくわからなかった。
少しして、向こう側に人の気配が感じられた。
「すまない、今起きた……」
ひさしぶりに顔を見る気がした。
昨日会ったばかりだというのに。
もっとよく見たかった。
扉を引くと、引きずられるように青年の体が前のめりになって自分に近づいた。
寝ていた間にかいた汗だろうか。
青年の、匂いがした。
それを不快だと思うどころか、つられるようにして部屋に踏み入れていた。
うなされていたのだろうか。
それとも、本当はさきほどの自分のように、ひとりでしていたんじゃないか、などと思えてしまう。
いやそれ以前に、聞かなければいけないことがあった。
「戦争の後朝まで帰らないなんて、どうしたんだ?」
昨日何してたんだ。誰かと一緒だったのか。
「戦争の後で知り合いに偶然会って、ちょっと話し込んでたんだ」
青年はかなり間を空けてやっと答えた。
知り合いか。ちょっと話し込んでたのか。
なんでそこで赤くなってるんだ。
戦士はじっくりと青年を観察していた。
「飲み慣れない酒まで飲んだから……今ちょっと気分が悪くて」
酒、弱いもんな。
そう思ったときだった。
少し視線を逸らせて傾いたその首筋に、赤い痣のようなものが見えた。
その瞬間、すっと血が引いていくのがわかった。
それまでなんとなく、寝不足のせいなのか意識がぼんやりとしていて、何かに突き動かされるようにここまで来てしまっていた。
それが、そんなものを見つけてしまって、一瞬気を失いそうになって。
その後、激しい怒りに襲われた。
扉を閉め鍵をかける。
きちんと確認しようと、青年が寝衣の上に羽織っている服を掴んだ。
やはり、そういう痕、だ。
「最近の様子からして、彼女ができたって風でもないよな。それに」
上手く言葉が繋がらなくて、一度息をついた。
「おまえの性格じゃ、遊びで女を買うわけがない」
誰に。一体誰に。
無意識のうちに、首筋のそれに指を伸ばしていた。
ほんの少し触れただけで青年は身を引いて逃げた。
俺じゃない誰かの唇を触れさせておいて、俺には指も触れさせないのか。
誰に。一体誰に。
その赤いものしか、もう見えなかった。
「これ、誰につけられたんだ?」
◇◇◇
その後のことを、戦士はあまりよく覚えていなかった。
気づいたときには、自分の腕の中に青年がいた。
無我夢中で抱いていた。
何度も想いを口に出していた。
反応は悪くない。
感じてくれてる。
妄想ではないことは、繋がっている部分がこれでもかと伝えてきていた。
しがみついてくる青年の爪が食い込んで、痛みで訴えてきていた。
耳元で上がる声がうるさいくらいに伝えてきていた。
ひとりで罪悪感を抱えて、ただの妄想を後悔していたのがばからしく感じられた。
妄想などとは比べ物にならない、高揚と、歓喜。
もっと早くに、こうしてしまえばよかったのではないかと思えて、むしろそうしなかったことを後悔した。
だが。
行為を終えたあと、青年は嫌だったと言った。
自分でもよくわからないのだと。
嫌われたくなくて、嫌われていないか心配でそれも訊ねたが、嫌いではないという。
よくわからなかった。
でも、しばらくそっとしておいて欲しいと言われて、嫌われたくなくて、それに同意した。
そんな話をしている間も、高揚感が治まっていなかった。
片思いだった女を落としたときの気分に似ていた。
自分のものにした、という感覚。
ただの取引の相手なんかに、俺の気持ちが負けるはずがない。なぜかそんな自信を感じていた。
ずっと、笑顔にしたくて、支えたくて、背中を預けあいたくて、傍にいたんだ。
だから、負けるはずがないと。
男を抱いてしまった自分にもいろいろ戸惑いがあるくらいだ。
抱かれてしまっていることで戸惑うのは当たり前だろう。
だから、望みどおりしばらくそっとしておいてやろうと考えた。
◇◇◇
その後戦士は約束通り、青年にそういった接触をすることはなかった。
青年と、その取引相手との関係についてはよくわからなかったが、定期的に会ってそういう行為を強要しているというなら、自分まで無理にそんなことをするわけにはいかない、と考えていた。
しかし。
あの日以来、時折青年の部屋から、明らかに寝言やうなされているとのは違う声が聞こえてくるようになっていた。
独り寝が寂しいのなら素直に呼んでくれればいいのにと思うものの、夜中に押しかけるわけにもいかない。
呼ばないということは何か呼べない事情や考えでもあるのだろう。そう思うことにしていた。
それでも、聞こえてくる声が止まるわけではなく。
戦士は、一度罪悪感から解放されてしまったこともあって、その声に耳を澄ませながら、何の躊躇もなく妄想の中で青年を抱いていた。
壁一枚隔てた向こうで、恐らくあちらは気づいてはいないものの、同じ様なことをしているという事実に、変な興奮を覚えていた。
本当ならこの手で抱きしめたかった。
二人で一緒に感じていたかった。
でもそれを強要すれば嫌がられてしまう。
こんなに近くにいるのに触れられない、その想いが余計に募って、独り妄想に耽るその内容が激しさを増していた。
いつまでこんな夜が続くのかと、気になり始めて、青年が恐らく取引のためにでかけているであろう日を書き出して、何らかの法則があるのか計算してみたことがあった。
同じ曜日になるのを避けてのことだろうか。
一週間よりも一日だけ多い周期で、二人は会っているようだった。
次の約束だと思われる日を割り出し、心に留める。
そのときはまだ、具体的に何かすることまでは考えていなかった。
(つづく)
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というわけで、ちょっとあれなんですよね。
いろいろ読み比べてしまうと大元のモデルになったキャラが誰かわからなくもないという状態になってたりするんですが、まあもうまったく別キャラになっておりますので、ご本人はまったく関係ないとだけ申し上げておきまするw
ある意味いろいろネタ提供はしてくれてるんですが、たぶんあれ無意識だしね……。
『惑いし友誼』
カセドリア連合王国。
帝国に反旗を翻し、独立を勝ち取った小国の集まり。
帝国支配下にあった辺境の村のひとつから始まり、一介の傭兵だったウィンビーンがエルフ族の生き残りであるティファリスを聖女王として担ぎ上げ、傭兵や小国の民を扇動するかのように起こした独立戦争があった。帝国軍の兵の中にも、彼ら反乱軍に与する者も出て、一時はストリクタ・エイケルナル両大陸が大きく混乱の渦中に陥ったものだった。
今、連合王国に所属する傭兵は、その出自を語らない者が多い。
この赤毛の戦士もそうだった。
本来、魔道で有名なエルソード王国で、ごく普通に軍人を目指して鍛錬を続けていた若者のひとりだった。
特に嫌なことがあったわけではない。
ただ魔道ばかりが重宝されるその国で、戦士としての腕を磨くことの限界を感じていたのは確かだ。
伸び悩み悶々としていたところへ、帝国の支配下にあった一部の小国が独立したという噂が流れ着いた。
あの帝国から自由を勝ち取るとは。
直接帝国兵と剣を交えたことはなかったが、常に勢力を保っていた帝国には一種の憧れを抱いていた。
皇帝が亡くなった後、内部でのいざこざで荒れているという噂もあるにはあったが、それに便乗した形だったとしても、独立戦争などそう簡単に成功するようなものではない。
その反乱軍に属していた兵士たちを見てみたくなったのだ。
独立してすぐは様々な問題も抱えているだろう。助けてやりたいという気持ちもあった。
船に乗り、ネツァワル王国を経由して、連合王国の首都となったアズルウッドを訪れた。
一般の国民の生業が漁業中心であったエルソードの首都リベルバーグと比べ、同じように水辺にある都市だというのに明るくのんびりとした印象だった。
リベルバーグが面していた北の海は波が荒めで、しかしそのおかげで魚介の種類が豊富なのだと聞かされていた。
アズルウッドから見える海は穏やかで、暖かい日には水辺で遊ぶ子どもの姿も見られた。
これからしばらくはここで暮らすのだと思うと、なんだかそれだけで幸せな気分になったのを覚えている。
しかし部屋も探さなくてはならないし、軍に所属を申し出るにはどうすればいいのかと、訪れてすぐにはわからずに戸惑い、周囲を見回していたときだった。
「何か探してるのか?」
初めて言葉を交わしたのはこのときだった。
赤毛の戦士より少しだけ年若く見える、銀色の髪の戦士。
「あ……傭兵として雇って欲しくて首都まで来たはいいんだけど、よくわからなくて〜」
「じゃあ案内するよ。今なんだか人の出入りが激しくて混乱してるみたいだけど」
独立戦争は終わったと考えて故郷に戻る者もいれば、帝国の支配から逃げ出したいと考え新たに加わる者もいて、傭兵向けの部屋の手配なども遅れ気味だった。
「俺は今部隊の世話になっててそこの部屋借りてるだけだから紹介とかできないけど」
当時、銀の髪の青年が所属していたのは、外部からの傭兵部隊ではなく小国出身の者を中心にまとまっていた部隊だった。明らかな他国からの傭兵を受け入れてはいなかったのだ。
「傭兵部隊には専用の宿舎もあるらしいから、部隊にさえ所属すれば部屋はすぐだよ」
道すがらそういった説明を受けながら、城の近くにある詰め所のような場所へ向かった。
誰に相談すればいいのかなどを話すと、青年は、
「戦士同士、戦場で会ったらよろしくな」
とだけ言って、礼に奢るというのも辞退して去ってしまった。
◇◇◇
傭兵部隊のひとつに所属した赤毛の戦士は、祖国では両手斧を振るっていたのだが、連合王国では盾と片手剣に持ち替えて味方の支援の仕方を学んでいた。
住んでいる区画が違ったためか、しばらくの間会うこともなかった銀髪の青年と、久しぶりに再会したのは戦場でだった。
ネツァワルの戦士集団に押され撤退戦を余儀なくされていたシディット水域で、気がつけば互いに庇いあいながら殿(しんがり)を務めていた。
味方の合流を待つまでもなく、撤退中に敗戦を告げる鐘の音を聞くはめになったが。
負けたからとか、疲れたからとか、そういったものではない何かを感じさせる溜息を、青年はついていた。
「おつかれ〜。悔しいなぁ」
そう声をかけた赤毛の戦士に、銀髪の青年は少しだけ苦笑して見せた。
「そうだな。……部隊にはもう慣れた?」
覚えていてくれた。ただそれだけでなんだか嬉しかった。
他国からの傭兵で組織された部隊にいるからといって、それぞれが違った事情で雇われているからなのか、そう簡単に打ち解けられる状態ではなかった。むしろ何を考えているのかわからない老兵や子どもまでいて、それぞれが互いに干渉したがらないため居心地が悪かった。
「うん、なんとかやってる〜。あの時はありがとう」
心配させたくなくて、嘘をついていた。
「そっか、それは良かった」
その後も何度か、前線で会うようになっていった。
部隊の仲間と行動すると会えないことが多かったため、部隊からは自然と足が遠のくようになった。
戦功も上げ、この地域の魔物狩りにも慣れて生活に余裕ができた頃、赤毛の戦士は部隊を抜け、自分で小さな部屋を借りて住むようになった。
そのとき、無意識のうちに、銀髪の青年の部隊が寮を構える地域を選んでいた。
帰還する際に首都で会い、話をするようになった。
青年はどこか人を避けているような節はあったが、当たり障りのない話題には乗ってきた。
大勝利を収めた際など、飲みに誘ってみたのだが、生活に余裕がないからと断られたこともあった。
「狩りが苦手なの?」
一度、そう訊ねてみたことがある。
「そうだな、あまり得意ではないな」
答える青年は苦笑していた。
「まあ、盾持ちは魔物狩りはしにくいよな〜」
祖国では両手斧を扱っていた戦士は、狩りの効率の差を身をもって知っていただけに、やはり苦笑するしかなかった。
金がないなら、と、戦士はその辺で安酒を買い込み、青年を部屋に招いた。
そのときも、ただでは飲めないと言い張り、青年は無理矢理半額を置いて帰った。
初めて会ったときの礼は、なかなかできなかった。
◇◇◇
ある日、戦後の青年の様子がおかしいことがあった。
帝国と争っていたその戦場で青年は、ナイトを召喚し、敵陣の奥まで入り込んで、最終兵器とも呼べる「キマイラ」の動向を伺う役を担っていた。
途中までこまめに送られてきていた情報が、突然途切れがちになって心配はしたものの、帝国軍は結局キマイラを召喚することさえできないまま敗北を認めて去って行った。
「何かあったのか?」
戦後、青年の姿を見つけて声をかけた。
普段と自分の口調が違ってしまっていたことに後から気づいたが、なぜ自分がそんなに焦っているのかわからなかった。
「……いや、何でもない」
青年は何か遠くを見ているような、心ここにあらずといった態度でぽつりと答える。
何でもないようには見えなかった。
「話したくないなら無理に話さなくていいけど……大丈夫?」
「すまない、本当になんでもないんだ、心配しないでくれ」
力なく微笑んで、青年は逃げるように帰還してしまった。
後を追うように首都に戻り、腕を掴んで無理矢理引きとめた。
「ひとりで抱え込むから辛いんじゃない? 俺は、この国の人間じゃないから、なんのしがらみもない。他の奴に言えないようなことも聞いてやれるかもしれないよ?」
その言葉に、青年は一瞬心が揺らいだのか動きを止めた。が。
「帝国の拠点近くに、……知り合いに似た顔を見つけたんだ。それで動揺しただけだ」
それだけ言って、黙ってしまった。
それ以上はどうしても、誰にも言えないのだという、壁のようなものを感じた。
「そっか……」
問い詰めるわけにもいかず、戦士はその手を離す。
そのまま青年の後姿を見送るしかなかった。
青年が所属していた部隊を抜けたのは、その翌日だった。
◇◇◇
しばらくの間、青年はどこの部隊にも所属せずにいたようだった。
部隊の宿舎は出てしまったようで、住んでいる場所がわからなくなった。
戦士は戦場で見かけるたびに、自分と一緒にどこかの部隊に入らないかと声をかけようとして、結局言えないまま過ごしていた。
具体的にどこの部隊がよいかなど、わからなかったのもある。また自分自身、どこにも所属していない今が過ごしやすく、同じようにどこにも所属せずにいる青年も同じ気分なのかもしれないと思うと、誘うことができなかった。
それだけでなく、常にどこか悲しげな、寂しげな顔をしている青年にどう声をかければよいのかと迷ううちに、いつも先に帰還されてしまって普通の会話すらほとんどできなくなっていたのだ。
そうこうする内に、かなりの月日が流れてしまっていた。
ある日、同じ前線にいたその銀髪の青年が、赤い髪の少年と何か話しているのを見かけた。
部隊がどうこう、と言っているようだった。
思い出してみれば、青年とその短剣使いの少年の動きが上手く噛みあっていて、青年が気絶させた相手の防護の力を少年が奪い、他の仲間たちが確実に止めを刺す、といった場面が何度もあった。
どうやら話がまとまったのか、互いにクリスタルを取り出して、何かの契約を交わし始めた。部隊への所属の手続きのようだ。
そうわかった瞬間、走り出していた。
「俺も、部隊に入れてくれないか?」
◇◇◇
話を詳しく聞いてみると、その部隊はほとんどが他国からの傭兵で構成されているとのことだった。
中には出自を語らない者もいたが、それもすでにいつものことだと思えるようになっていた。
「今は俺が一応部隊長だけど、その内交代するからよろしくな」
赤毛の少年は二人を仲間に紹介しながら、そんなことも言っていた。
「知り合いにさ、魔女がいるんだよ。その子がしばらくカセドリアに居ることにしたから、戦力が欲しいんだってさ」
元々地位といったものにあまり興味がないのだろう。少年は自分の目で納得の上集めたその傭兵たちと、そして自分自身をあっさりとその魔女に渡すことに同意したのだ。
「すんげー強いんだぜ、その魔女。だからきっと俺が隊長してるより楽しくなるって」
あっけらかんとそう言い放つ。
そんなに言うなら、よほど恐ろしい姿をした魔女なのだろうと、戦士は半ばびくびくしながらその新しい隊長が訪れる日を待った。
が。
目の前に現れたのは、下手すれば自分の半分の歳にも満たないかという、幼い少女だった。
「今のところ雷を中心に扱ってるが、そのうちてきとーに変えたりもする。まあ、よろしくな」
そんな外見に似合わぬ、どこか毅然とし、それでいて飄々とした口調で挨拶を終えて、部隊員の顔を見回した。
「構成はそれなりにバランスがいいな。定期的に日を決めてその日は全員で同じ戦場に行くぞ」
早々に方針のひとつを決めて、その日は解散となった。
宿舎とは別の方向に歩いていくのを見て、どこに住んでいるんだろう、と疑問に思った瞬間。
少女はふわりと宙に浮き、消えた。
「魔女……か……」
クリスタルの転移ともどうやら違うその消え方に、なんとなく「魔女」と呼ばれる所以がわかった気がした。
隊長の住処はともかく。
自分で部屋を借りるだけの余裕はあったのだが、青年が部隊の宿舎に入ると聞き、そしてその隣の部屋が空いていると知って、戦士はすぐさま自身も入居すると決めた。
焦らずとも、入居する順に部屋が決まっていたため、他に新入りの予定のなかったその時期なら必然的に隣になったのだが。
「新入り同士、よろしくな〜」
「ああ、よろしく」
答える青年の笑顔はどこか苦笑交じりだったが、それでも笑いかけてくれたことが、なんとなく嬉しかった。
◇◇◇
部屋が近いこともあり、そして何より同じ部隊に入ったことで、親しく話したり、戦場でも共に背を預けあうようなことが増えた。
同じ盾持ち同士、一緒に切り込んだり、その場を維持したり、庇いあったりと、何も言わずに息の合った戦いができるようにもなっていた。
部隊総出で挑んだ戦争に快勝し、部隊の大半が酒場に繰り出そうというとき、青年はやはりそれを辞退して帰ろうとしていた。
「なあ、それなら部屋で一緒に飲まないか?」
以前みたいに、と、なんとなく誘ってみた。
「そういえば、そんなこともあったな」
同じように安い酒を買い、いくらかのつまみも入手して、部屋で何を語るともなしに、のんびり酒を酌み交わした。
以前は自分のほうが早々に酔ってしまって気づかなかったのだが、青年はあまり量を飲んでいなかった。
「酒、弱いの?」
「あまり飲まないから、慣れてないだけかもしれないけど」
少量ですぐに酔うのもあって、控えめにしているのだと言った。
「そっか〜……じゃあ賭け事とか、女とかは?」
なんとなく、「ごく普通の楽しみ」だと思ってそう訊ねてみたのだが。
「賭け事は元手もないし、得意じゃないな……女性は、そういういい加減な気持ちでは、ちょっと」
ものすごく真面目臭い答が返ってきて、正直驚いた。
「あの〜、あのな。すごい失礼なことかもしれないけど、聞いていい?」
酔いが回ってきていたのもあってか、戦士はつい、突っ込んだ部分まで聞きたくなってしまっていた。
「なんだ?」
「もしかして、女抱いたこと、ない?」
「……」
どことなく赤くなって黙ってしまった青年を見て、戦士は再び驚いていた。
成人した男が、一度も女を抱かずに生きていられるのかと。
「ないんだ……」
「わ、悪かったな。商売でそういうことをする女性を蔑む気はないが、金で買うってのにも抵抗があるんだ。戦争戦争で恋愛なんてしてる暇なかったし……」
そういう青年の言葉には、どこか隠し事があるようにも感じられた。
恋愛など、頭で考えてするものではない。暇の有無など関係ない。
むしろ、戦場なんていう命がけの緊張続きの場所で、恋に落ちない者などあろうか。
「奥手すぎでしょそれ……」
「言うな。相手に申し訳なくて断ったりはしたが、奥手とかそういうことじゃなくてだな」
「それを奥手って言うんだよ〜! もったいない!」
酔いが手伝ってか。戦士はやけに陽気になってしまっていて、はしゃぐ気持ちが止まらなかった。
「お兄さんがいろいろ教えてあげようか〜?」
そう言って肩を組み、体重をかけて圧し掛かる。
「何言ってる酔っ払い……重いって」
青年のほうも酔っているからか、振り払おうとする手に力が入っていない。
元々、顔が苦笑したままなところを見ると本気で払いのけようともしていなかったようだが。
「女の子の肌は柔らかいよ〜? 気持ちいいよ〜?」
それを知らないなんてもったいない、と言いながら、ふざけて服の中にまで手を突っ込んでいた。
「ちょっ、くすぐったいって……この酔っ払いがっ」
今度は本気で振り払おうとしたのか、腕を大きく振ったが、青年はその反動で体勢を崩す。
体重をかけていた戦士も一緒になって、倒れ込んでしまった。
「あんたじゃ柔らかくもなんともないじゃないか……重いし」
呆れたように青年が言う。酔っているからなのかいつもより饒舌だ。それがなんとなく嬉しくて、どんな顔をしているのか見ようと、顔を上げた。
いつもは暗く沈みがちなその顔も、今は笑っているのだろうか、と。
「……」
女の話をしてふざけていたはずなのに。
酒のせいか少し上気して、しかも滅多にない機嫌のよさそうなその表情を見た途端、なぜか心臓が一度、大きく脈打った。
「ああもう、重いって」
混乱しそうになった思考は、そういって押し退けた青年の手によって、一緒にどこかへ押しやられた。
飲みすぎて脈がおかしくなったんだろう、とそのときは思って終わった。
「なんだか眠くなってきたから、部屋戻る」
「う、うん。俺ももう寝るよ……なんかめまいが」
片付けようとする青年を「後でやるから」と制して帰らせ、自分はベッドに転がる。
「酒のせい、酒の」
そういえば最近ご無沙汰だった。欲求不満なのかもしれない、と考え、戦士は翌日の夜その手の酒場にひとり繰り出した。
◇◇◇
やはりあれは酒による動悸だったのだな、と思いながら、それまでどおりの生活を続けていた。
相変わらず青年の表情は暗く沈みがちなことが多い。
どうしても笑わせてやりたくて、何かと理由をつけてはお茶や酒につき合わせ、話題を探した。
ある休日の昼ごろのこと。
何気なく街に買い物に出た途中で、青年が小さな女の子を助け起こしているのを目撃した。
どうやら転んでしまったらしいその少女は、今にも泣き出しそうなぐずりかたをしていた。
そんな少女の目線に合わせるように、青年は膝をついてそっと少女を抱き寄せ、頭を撫でてやっていた。
戦士は足を止めるのもおかしい気がして、そのまま少しずつ近づいていく。
「大丈夫、大丈夫」
そう言って頭を撫で続けながら青年がそっと離れると、少女は涙の滲んだ目を擦りながらも、頷いて、まるでお返し、とでもいうように青年の頭を撫でて、去っていった。
そのときの青年の、微笑んだ顔に、何か心がざわつくのを覚えた。
今は酒など入っていない。
青年がこちらに気づいて顔を上げる。
何か言わなければ。なぜかそう焦っていた。
「もしかしてロリコンなの?」
「は?」
言ってしまってから、自分を激しく殴り飛ばしたい気分になっていた。
「いやほら、女とそういう関係になれないのはそうなのかなとか」
「何言ってんだ……」
呆れた、という顔で苦笑して、青年は立ち上がる。
「昔、小さい子の面倒みてたことがあるから、お守りの仕方を知ってるだけだよ」
どことなく照れたような顔で言うと、青年は目を逸らした。
そんな仕草にまた、なんだかよくわからない感情が沸き起こる。
宿舎に戻るところだったらしい青年は、そのまま帰っていった。
なんとなくのんびり買い物という気分でもなくなってしまい、必要なものだけ買い揃えると、戦士はすぐに自室に戻って鎧を身につけた。
部隊の活動としては休日としている日だったが、無心になって戦いたくなったのだ。
くたくたになるまで戦い続け、その日はすぐに眠りについてしまった。
◇◇◇
それからまたしばらく後のことだった。
部隊の仲間のほとんどが本土の防衛戦に参加しており、運悪くひとりあぶれてしまった戦士は、暇をもてあまして他国の援軍に入っていた。
普段は滅多に立ち入らない、中央でも北寄りに位置するホークウィンド高地。
正直なところ、援軍の数も少なめで勝利の見込みも薄い戦場だった。
無茶をして命を削るのも、高価な薬品を飲みまくるのもご免こうむりたいところだった。
「召喚するか……」
召喚獣を呼び出したからといって命の危険がなくなるわけではないが、生身で戦うよりはいくらか安全だという気持ちがあった。
ナイトを召喚し、始めは味方の重要召喚を護衛し、体力が減ってきたところで遠方からクリスタルを運搬する「輸送」役に切り替えた。他に名乗り出る者もなかったため、結局ほぼ終戦間際まで運搬を繰り返していた。
そろそろ戦争も終結かという段階になって、それならもう運搬はやめ、遠方のクリスタルで傷を癒そうと、残量の多い堀場へ向かって召喚術を解いた。一応一番安い回復剤を口に含みつつ、クリスタルの脇に腰掛けたところで。
奇妙な音が聞こえることに気づいた。
音というか、声というか、息遣いというか。
(なんだ、負けも決まってのんびりいちゃついてるのか……?)
やれやれ、と思いつつ、なんとなく好奇心が働いてしまい、回復もそこそこに声のする方角を探り始める。
どうやら崖下のようだ。崖上から覗くとすぐに見つかってしまうと考え、わざわざ下に降り、物陰に隠れながら近づいていく。
途中で、なんとなく違和感を感じた。
その違和感の正体は、二人を見てすぐにわかった。
息も荒く、装備もほぼそのままに無理矢理交わっていたのは、どちらも男性だったのだ。
されている側、はそれなりに肌も白く線も細いが、やはりどう見ても男性だ。
声もそれほど高くはない。
遠征を行うような時や、戦争が長時間に渡る際、それに布告待ちなどで時間があるとき、女性に手を出すと妊娠の危険もあるということで、男性同士でそのような、まるで事務的に処理するかのような行為を行うことがあるというのは、噂には聞いていた。
だが、実際に知り合いにそんなことをしているという者はいなかったし、目撃したのも、これが初めてだった。
焦って男なんかに手を出さなくとも、そして妻や恋人がいなかったとしても、帰還すれば体で商売をする女が街にいる。一仕事終えて帰って、女を抱くのが最高なんじゃないかと、目の前の光景を理解できずに戦士は首を捻る。
この戦場は、エルソード軍の防衛戦だった。
祖国の兵に、そんなことをする者が本当にいると知って、大きな衝撃を受けていた。
だがその衝撃が収まり始めると、少しずつ妙な気分になってきていた。
なんせ目の前の二人は本当に気持ちよさそうなのだ。
装備を見るに双方とも戦士だった。
金属の軋む音に混じる、吐息や声と、卑猥な摩擦音。
女のように抱かれて喘ぐ男の声が、戦士から少しずつ理性を奪っていく。
揺れる髪は、少しだけ長いが同じ銀色をしていた。
(誰と比べてんだ俺は……)
一瞬浮かんだ顔に自分で愕然としながら、目をきつく閉じる。
このままここにいたらおかしくなる、そう危険を感じて離れようとしたが。
その瞬間に、脳髄を直接刺激するような艶かしい声が上がる。
「そんな声上げたら聞こえちまうぞ」
抱いていた側の男だろうか、そんな風に笑う声が聞こえる。
「あんたが激しすぎなんだよ」
「でもよかっただろ?」
不思議な会話が聞こえてきている。戦士はその場から動けなくなってしまった。
クリスタルの地図を見られたらここにいることはすぐにバレるのだが、直接自分の姿を見られるほうが怖く、物音を立てないように必死に息を殺していた。
話を聞いていると、どうやら二人は恋仲というわけでもないらしい。
本当に、今ここで偶然出会って、その気になっただけの間柄のようだ。
そんなことがあるのかと、まったく知らない男なんかになんで欲情できるんだ、と疑問に思ったのだが。
(嘘だろ……)
自身のものもしっかり反応していたのだ。
男の上げていた声に。
目の前で繰り広げられた光景に。
ひとりで衝撃を受けているうちに、いつの間に戦争が終わったのか、二人はこちらに気づくこともなく去っていった。
このままの格好で首都に帰還するわけにもいかないし、かといってここにいれば魔物が出る。
戦士はとりあえず、国の用意した訓練場へと飛んだ。ここなら使用さえされていなければ、誰からも見られず、どこかでひとりになることはできる。
そうして、入ってすぐに目の前にあった、形だけで矢を発しないアロータワーのひとつの中に入り込んだ。
とにかく一回抜いてしまえば治まるだろうと思ったのだ。
場所はもう気にしている余裕はない。誰かに見られる前にさっさと処理したかった。
数日前に抱いた商売女を思い浮かべる。肉感的で、みずみずしい唇がとてもかわいらしかった。
柔らかくて白い肌。甘い香り。こんな仕事をさせておくのはもったいないとも言えるし、逆に魅力的だからこそ商売になるのだろうとも言える、いい女だった。
いい調子で気分が高まっていく。
が。
先ほど目撃してしまった二人の行為がちらつく。
上がる声は、甘く艶があるのにやはり男のもので。
銀色の揺れる髪が。
短い。
「ばか、何考えて……」
自分にはなかなか向けて貰えない微笑が。
酒に酔った顔が。
切なげな溜息が。
「だめだ……」
手も、妄想も止めることができなかった。
ついさっきまで、信じられないと思っていた行為を。
妄想の中でとはいえ。
「俺、何やってんだ」
親友だと思っていた相手を、汚して。
自らの手の中に吐き出されたものを、ぼんやりと見つめる。
「ほんとに、何やってんだ……」
変なものを見てしまったせいでおかしくなっている。
そう思った。
早くすっぱりと忘れなければ。
忘れなければ、まともに顔など見れない。
のろのろと装備を整え、誰もいないことを確認して出ると、水辺まで降りて手を洗った。
いつまでも取れない気がした。
◇◇◇
結局、その後しばらくはまともに顔を見ることができなかった。
元々あまり青年のほうから接触してくることはないため、ごまかし続けることはできたのだが。
しかし、そんな風に接触が減っていたそのときに、変化は訪れてしまった。
ウェンズデイ古戦場。
部隊長の命令で入れる者は入れと呼ばれ、攻撃軍として開戦を待つことになった。
運悪く部隊長本人は参戦できずにはじき出されてしまったのだが。
残ったのは戦士と、魔道士の少女と、銀の髪の青年だった。
勘付かれないようにと、いつもよりもさらにのんびりした様を装っていた。
だから、少しだけ気づくのに遅れてしまった。
開戦前に、青年がなぜ敵軍の兵士ともめていたのかということに。
自分の口で「妹なんていたんだ」と訊ねたくせに、それすらとっさに出ただけの言葉で、その後忘れてしまっていた。
黒装束の射手に異様に拘る青年を、何をやっているのかと不思議な気持ちで見てはいたが、あまり視線を合わせずに済んでほっとしてしまっていた。
目が合ってしまったら、あのときの妄想を見抜かれてしまいそうで、怖かった。
ただ親友として、共に戦い、支え合っていたいと、笑顔にしてやりたいと思っていただけなのに、あんな酷い妄想をしてしまった自分を恥じていた。
戦争は連合軍の勝利に終わった。
しかし終わった後も、青年はその地に残ってしばらく何かを探していたという。
顔を合わせにくかった戦士は、早々に首都に帰還してしまっていた。
そしてまだ戻っていないことに、むしろ安堵していたのだ。
何にも気づかずに。
◇◇◇
その日辺りを境に、青年はあまり落ち着かなくなっていた。
敵の射手がいる辺りばかり気にして、気づくと前に出すぎるなどしている。
危なっかしくて見ていられずに、戦士はやっと元のように振舞えるようになっていた。
「ちゃんと周りみろ。孤立してるぞ」
つい、声から穏やかさがなくなるほど真剣になってしまっていた。
「あ、ああ、すまない」
青年はそう返事をしながらも、何か考え事をしているようで上の空だ。
戦後に部屋を訪れ、何度ノックしても出てこないからとノブに手をかければ鍵は開いていて、青年は窓辺でぼうっとしていた。
手元には何か手紙のようなものがあった。
「! 何勝手に入ってんだ」
青年は戦士が傍にいることに気づくと、慌てたようにその手紙を隠す。
「何度叩いても出てこないんだもん。何だよ、ラブレター?」
覗き見るような趣味はなかったため、ただからかうようにそう言ってみた。
「だったらよかったんだけどな」
心にもないことを言っている、というのがありありとわかる態度だった。
何かに心を囚われていて、他の事などどうでもいいといった印象だ。
「最近よく考え事してるみたいだけど、大丈夫か?」
自分は自分で、声から余裕がなくなっているのがわかった。
青年のこととなると、なにか常に焦りのようなものがつきまとう。
「何でも、ないよ」
青年は憂いを帯びた表情でそう呟き、また窓の外を眺め始めてしまった。
本当に何でもないと言える状態は、この日が最後だった。
◇◇◇
翌日。
青年は自室から直接クリスタルで移動したのか、午後はずっと何の気配もなかった。
物音がし始めたのは深夜になってからだった。
しかし、そんな時間にわざわざ部屋を訪ねて問いただすこともできない。
気になって気になって、戦士は結局一睡もできなかった。
さらに翌日、今度は青年は表に出て来ようとしなかった。
ずっと部屋に閉じこもっていて、声をかけても反応がない。
だが、部屋にいる気配はあった。
昨日何かあったのか、それだけでも聞きたかったが、ただ一言を交わすことさえ叶わなかった。
数日間、そんな状態が続き、さすがに部隊長が動いた。
どうやったのかわからないが、青年の部屋に入り込んで叩き起こし、支度をさせたと言って戦場に連れてきたのだ。
だが、あまりよく寝ていないのか、顔色も悪く、表情も冴えない。
まともに戦えずに、すぐに裏方に回されていた。
裏方にいても、考えて行動することができないのか、仕方なく戦士が傍についてクリスタルの採掘だけを行う状態だった。
「何が、あったんだ?」
ずっと何も言わずにただひたすら採掘を続けていた青年に、そっと訊ねた。
だが、反応を示さない。
「なあ……」
そう言って、肩に手をかけた瞬間、青年は怯えるように震えてそれを振り払った。
「……」
「あ……すまない……」
振り払ったあとで、青年は我に返ったかのように謝罪し、そのまま俯いてしまった。
「俺じゃ力になれないのか?」
何が起きているのかもわからず、どうしてやることもできずに、無力感に襲われて戦士は苦しげに呟いた。
「ごめん……今は放っておいてくれ」
そう言われて、それ以上しつこく訊ねるわけにもいかず、黙って傍についていることしかできなかった。
◇◇◇
その夜のことだった。
隣の部屋から、苦しげな声が聞こえてきたのは。
悪夢にうなされている、そんな感じだった。
二人の部屋はちょうど、鏡に映したかのような対称的な造りになっていた。
とはいえ、それほど広くもなく、構造も複雑ではないのだが。
ちょうど寝室が壁一枚を隔てて隣り合っていた。
恐らくベッドの位置も近いのだろう。
しばらくはうめき声のようなものが断片的に聞こえるだけだった。
あまりに苦しそうで、壁を叩いて起こしてやろうかと思ったくらいだ。
が、そのうちに。
その声が、どこかで聞いたような色を帯び始めたのだ。
嫌だ、と言っているような声も聞こえる。
だが、漏れ聞こえるその声は明らかに、あのホークウィンドで抱かれていた男が上げていたのと同じ類のもの。
自身の妄想の中で青年が上げていた声と同じもの。
「何で……」
してはいけない想像だと思っていた。
そんなのはおかしいと、まともじゃないと思っていた。
一時の気の迷いだと思って、心の奥に封印していた。
それなのに。
そうやって愕然としているうちに、隣から物音がしなくなっていた。
目が覚めたのか、悪夢が終わっただけなのかはわからないが、静かになった。
静かになっても、眠ることなどできなかった。
◇◇◇
明け方になってやっと仮眠程度に眠り、少しだけ寝坊して部隊の集合場所へ向かった。
まだ部隊長と青年がいなかった。
しばらくして、蜂蜜のような髪をなびかせながら、少女はふわりと空中に現れ、ゆっくりと着地した。
その後少しして青年も現れる。
昨晩の声が耳によみがえる。
戦士はできるだけ平静を装って、遅いぞ、と声をかけた。
他の仲間も口々に心配そうに声をかける。
青年は今日は大丈夫だと言って少しだけ微笑んだ。
何も聞けなかった。
大丈夫とは言ったものの、やはり本調子ではなかったのか、青年はナイトを召喚していたようだった。
戦士は盾持ちの数が少ないということで、ずっと前線を離れられなかった。
共に召喚をしたいと申し出たが、部隊長に許しをもらえなかったのだ。
「前線で押し負けたら、結局召喚してる者にも危険が及ぶぞ」
見透かされたようにそう言われ、従う以外になかった。
だが、そんな言葉を無視してでも、一緒にいるべきだったと、戦士は後悔した。
戦争後、部隊内でクリスタルの通信を行い、速やかに撤退したはずだった。
しかしその中に、青年がいなかったのだ。
クリスタルの波動から読み取れる位置情報で探す。
青年は、ヴィネル島にいた。
個別にメッセージを送ることはなんとなくためらわれて、部隊向けにそれとなく、
《まだ帰還してないのもいるのか》
と送ってみた。
返ってきたのは関係のない、別の部隊員の、他の戦場でてこずっているというものや、今日の立ち回りの反省で訓練場にいる、といったものだった。
(一体なにやってるんだ……?)
外に出たがらなかったはずの青年が、わざわざヴィネル島などに出向くとは。
ただ胸騒ぎばかりが激しくなって、戦士は一度ヴィネル島に足を踏み入れた。
が、詳しい居場所まではわからない。
無意味にいくつかの酒場を見て回って、ただ歩きつかれて帰還した。
部屋に戻っても結局眠れずに、何度もクリスタルで位置を確認したり、時間を見たり、物音がしないかと耳を澄ませていた。
しかしいつまで待っても青年は戻ってこない。ヴィネルを動かない。
うつらうつらとし始めた頃だった。
ドアを開けるような音が聞こえて、戦士は飛び起きた。
窓からはもう白い光が零れ落ちている。
もう夜明けだった。
部屋の中を動きまわる音がして、どさり、と近くに振動と音を感じる。
恐らくベッドに横たわったのだろう。
今訊ねても邪魔をしてしまうだけになりそうで、そして自身も酷く眠く疲労していたため、とにかく隣に戻ってきてくれたという安心感に身を委ねて眠りについた。
◇◇◇
目が覚めたのはそれから大して時間も経っていない、朝だった。
隣から、また声が聞こえてきていた。
うめき声ではない。苦しさもあまり感じられない。
快楽に、溺れる声。
壁はそれほど薄いわけでもないから、微かに聞こえてくる程度だ。
それでも、そのはっきりとせず途切れ途切れに聞こえる声が、余計に妄念を刺激する。
「くそ……っ」
こんな声を聞かせるほうが悪い。
だから心の中で何をしても文句を言われる筋合いはない。
誰に言い訳する必要もないのに、いや、自分の中の理性や良心に対してしておきたかったのかもしれない、言い訳が済むと同時に、すでに固くなってきていた自身に手を添えた。
聞こえてきていた声からその姿を想像する。
女を抱いたこともないと言っていた真面目そうなあの顔が、羞恥に歪む様を。
快楽に震える様を。
自身の想像力の逞しさに、戦士は苦笑する。
見たことがあるわけでもないのに、まるで何度もその姿を見たかのように容易に思い浮かべていた。
口づけ、抱きしめ、組み敷いて。
その身を貫く様を。
「ああ……」
この腕に抱きたかった。
手に入れたかった。
自分だけのものにしたかった。
「俺は……いつからこんな……」
ばかげた妄想にとり憑かれてしまったのだろう。
ばかげてる。
そうわかっていても止められなかった。
自分の想いを注ぎ込んで染めてしまいたかった。
「カ、ル……」
名を呼びながら、心の中でその欲望を遂げた。
◇◇◇
少しの間、自分のしてしまったことに呆然としていた。
これで二度目だ。
友達面してこんなこと。
ひどい奴だ。
自分で自分を責め続けた。
ずっとそうしていても仕方ない、と気づいたときにはもう昼近くなっていた。
「起きた、かな……」
ゆっくりとベッドを出て、湯を浴びにいく。
髪を整える気力さえなかった。
洗ったまま適当にふき取って乾くままに任せた。
戦争に出る気にもなれない。
適当な服を着た。
部屋を出て、隣の扉の前に立つ。
何度かその扉を叩く。
返事はない。
いるのはわかっているのに。
「いるんだろ? 朝帰ってきてただろ」
声にとげがあるな、と自分でもわかった。
何をこんなに苛立っているのだろう。
自分でもよくわからなかった。
少しして、向こう側に人の気配が感じられた。
「すまない、今起きた……」
ひさしぶりに顔を見る気がした。
昨日会ったばかりだというのに。
もっとよく見たかった。
扉を引くと、引きずられるように青年の体が前のめりになって自分に近づいた。
寝ていた間にかいた汗だろうか。
青年の、匂いがした。
それを不快だと思うどころか、つられるようにして部屋に踏み入れていた。
うなされていたのだろうか。
それとも、本当はさきほどの自分のように、ひとりでしていたんじゃないか、などと思えてしまう。
いやそれ以前に、聞かなければいけないことがあった。
「戦争の後朝まで帰らないなんて、どうしたんだ?」
昨日何してたんだ。誰かと一緒だったのか。
「戦争の後で知り合いに偶然会って、ちょっと話し込んでたんだ」
青年はかなり間を空けてやっと答えた。
知り合いか。ちょっと話し込んでたのか。
なんでそこで赤くなってるんだ。
戦士はじっくりと青年を観察していた。
「飲み慣れない酒まで飲んだから……今ちょっと気分が悪くて」
酒、弱いもんな。
そう思ったときだった。
少し視線を逸らせて傾いたその首筋に、赤い痣のようなものが見えた。
その瞬間、すっと血が引いていくのがわかった。
それまでなんとなく、寝不足のせいなのか意識がぼんやりとしていて、何かに突き動かされるようにここまで来てしまっていた。
それが、そんなものを見つけてしまって、一瞬気を失いそうになって。
その後、激しい怒りに襲われた。
扉を閉め鍵をかける。
きちんと確認しようと、青年が寝衣の上に羽織っている服を掴んだ。
やはり、そういう痕、だ。
「最近の様子からして、彼女ができたって風でもないよな。それに」
上手く言葉が繋がらなくて、一度息をついた。
「おまえの性格じゃ、遊びで女を買うわけがない」
誰に。一体誰に。
無意識のうちに、首筋のそれに指を伸ばしていた。
ほんの少し触れただけで青年は身を引いて逃げた。
俺じゃない誰かの唇を触れさせておいて、俺には指も触れさせないのか。
誰に。一体誰に。
その赤いものしか、もう見えなかった。
「これ、誰につけられたんだ?」
◇◇◇
その後のことを、戦士はあまりよく覚えていなかった。
気づいたときには、自分の腕の中に青年がいた。
無我夢中で抱いていた。
何度も想いを口に出していた。
反応は悪くない。
感じてくれてる。
妄想ではないことは、繋がっている部分がこれでもかと伝えてきていた。
しがみついてくる青年の爪が食い込んで、痛みで訴えてきていた。
耳元で上がる声がうるさいくらいに伝えてきていた。
ひとりで罪悪感を抱えて、ただの妄想を後悔していたのがばからしく感じられた。
妄想などとは比べ物にならない、高揚と、歓喜。
もっと早くに、こうしてしまえばよかったのではないかと思えて、むしろそうしなかったことを後悔した。
だが。
行為を終えたあと、青年は嫌だったと言った。
自分でもよくわからないのだと。
嫌われたくなくて、嫌われていないか心配でそれも訊ねたが、嫌いではないという。
よくわからなかった。
でも、しばらくそっとしておいて欲しいと言われて、嫌われたくなくて、それに同意した。
そんな話をしている間も、高揚感が治まっていなかった。
片思いだった女を落としたときの気分に似ていた。
自分のものにした、という感覚。
ただの取引の相手なんかに、俺の気持ちが負けるはずがない。なぜかそんな自信を感じていた。
ずっと、笑顔にしたくて、支えたくて、背中を預けあいたくて、傍にいたんだ。
だから、負けるはずがないと。
男を抱いてしまった自分にもいろいろ戸惑いがあるくらいだ。
抱かれてしまっていることで戸惑うのは当たり前だろう。
だから、望みどおりしばらくそっとしておいてやろうと考えた。
◇◇◇
その後戦士は約束通り、青年にそういった接触をすることはなかった。
青年と、その取引相手との関係についてはよくわからなかったが、定期的に会ってそういう行為を強要しているというなら、自分まで無理にそんなことをするわけにはいかない、と考えていた。
しかし。
あの日以来、時折青年の部屋から、明らかに寝言やうなされているとのは違う声が聞こえてくるようになっていた。
独り寝が寂しいのなら素直に呼んでくれればいいのにと思うものの、夜中に押しかけるわけにもいかない。
呼ばないということは何か呼べない事情や考えでもあるのだろう。そう思うことにしていた。
それでも、聞こえてくる声が止まるわけではなく。
戦士は、一度罪悪感から解放されてしまったこともあって、その声に耳を澄ませながら、何の躊躇もなく妄想の中で青年を抱いていた。
壁一枚隔てた向こうで、恐らくあちらは気づいてはいないものの、同じ様なことをしているという事実に、変な興奮を覚えていた。
本当ならこの手で抱きしめたかった。
二人で一緒に感じていたかった。
でもそれを強要すれば嫌がられてしまう。
こんなに近くにいるのに触れられない、その想いが余計に募って、独り妄想に耽るその内容が激しさを増していた。
いつまでこんな夜が続くのかと、気になり始めて、青年が恐らく取引のためにでかけているであろう日を書き出して、何らかの法則があるのか計算してみたことがあった。
同じ曜日になるのを避けてのことだろうか。
一週間よりも一日だけ多い周期で、二人は会っているようだった。
次の約束だと思われる日を割り出し、心に留める。
そのときはまだ、具体的に何かすることまでは考えていなかった。
(つづく)
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というわけで、ちょっとあれなんですよね。
いろいろ読み比べてしまうと大元のモデルになったキャラが誰かわからなくもないという状態になってたりするんですが、まあもうまったく別キャラになっておりますので、ご本人はまったく関係ないとだけ申し上げておきまするw
ある意味いろいろネタ提供はしてくれてるんですが、たぶんあれ無意識だしね……。

