2008年11月19日
FEZ BL読み物 番外編
一度書き始めたら止まらない……みたいな感じでして。
あ、BL(ボーイズラブ、要は女性向け)の話なので、苦手な方はUターンでお願いいたします。
某所の続編を書いて、冬コミあわせのアンソロのを書いて、と連続でBLばっかり書いてたら、以前からネタだけメモしてあったものも一気に書き上げたくなってしまい。
首都改変が発表されたとき、やっぱりこう、RoDのβ1からやってる身としては、元の首都に対する思いいれがかなーりありまして、ちょっと反発したい気分とかもあったんですよね。
だいたい、その首都を舞台にした小説もいろいろ書いてるわけで、変わっちゃうのってものすごく困るというかwww
後から入って来た人にネタ通じないじゃんみたいな……orz
で、まあ、自分の中でも気持ちに整理をつけたいなぁとかももやもや考えていて、小説でも「途中で首都が変わったんじゃよ」ということを書いておけたらいいなぁと。
以前、ヴィネル島ができたり宅配可能になったときも、それをネタにして書いてたりしまして(某所の『歪んだ約束』の冒頭がそれです)。
今回も首都改変前のやりとりを思いついたので、とりあえずそれをネタにいつものふたりの番外編を書いてみました。
以下の続きの部分に貼っておきます。
一応、表現が微妙にR-15〜R-18くらいかなぁという内容なので。
あ、BL(ボーイズラブ、要は女性向け)の話なので、苦手な方はUターンでお願いいたします。
某所の続編を書いて、冬コミあわせのアンソロのを書いて、と連続でBLばっかり書いてたら、以前からネタだけメモしてあったものも一気に書き上げたくなってしまい。
首都改変が発表されたとき、やっぱりこう、RoDのβ1からやってる身としては、元の首都に対する思いいれがかなーりありまして、ちょっと反発したい気分とかもあったんですよね。
だいたい、その首都を舞台にした小説もいろいろ書いてるわけで、変わっちゃうのってものすごく困るというかwww
後から入って来た人にネタ通じないじゃんみたいな……orz
で、まあ、自分の中でも気持ちに整理をつけたいなぁとかももやもや考えていて、小説でも「途中で首都が変わったんじゃよ」ということを書いておけたらいいなぁと。
以前、ヴィネル島ができたり宅配可能になったときも、それをネタにして書いてたりしまして(某所の『歪んだ約束』の冒頭がそれです)。
今回も首都改変前のやりとりを思いついたので、とりあえずそれをネタにいつものふたりの番外編を書いてみました。
以下の続きの部分に貼っておきます。
一応、表現が微妙にR-15〜R-18くらいかなぁという内容なので。
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※はれんてぃえなひとの過去に触れて書いてますが、まだチェックしてもらってない状態なので、後で変更が入るかもしれません、その辺ご了承ください。
『掠れた記憶』
比較的暖かい地方に位置するこの島でも、やはりこの季節の風は冷たい。
深夜ともなると、街を行き交う人もまばらだ。
ここヴィネル島の歓楽街も、そろそろ静かになる時間帯だった。
「今から帰るのも億劫だなぁ」
黒髪の魔道士が、そっと窓を閉めながら呟いた。
帰宅のためにすでに、いつもの黒と紺のローブを身にまとってはいたのだが。
「やっぱりあっちはもう寒いのか?」
同じく、帰るつもりで鎧をつけなおしていた、銀髪の戦士が訊ねる。
あっち、というのは、戦士の故郷でもあり、魔道士が今現在身を置いている国でもある、ゲブランド帝国の首都、ルーンワールのことだ。
「このくらいの時間になると、外套なしじゃ結構つらいかな」
戦闘用の装備をしていれば、普通の衣服と違いクリスタルの加護もあるため、多少は寒さなども防げるのだが、それでも夜風は身にしみる。
「そうか……この時期は仕事探すのもつらかったからな」
何かを思い出したかのように、戦士の青年はふと目を細めた。
「どんな仕事してたの?」
青年は両親を失った後、少しの間妹と二人だけで暮らしていた。
その頃のことを、青年はあまり語らず、彼の妹は幼すぎて覚えていないのか、魔道士との話題に上ることがない。なんとなく気になって、そう訊ねていた。
「うーん、まだ子どもだったし、店やら運搬業の荷物運びの手伝いとか」
その頃から戦士としての修行はしていたため、多少魔物狩りもしていたという。
「対岸にさ、煙突のたくさんある街が見える港があって、そっちからいろいろ船で運ばれて来たりしてたんだ。それを受け取って店まで運んだりとか」
その光景を思い出しているのか、青年の目はどこか遠くを見たままだ。
「そういえば」
ふと、魔道士は思い出したようにぼそりと言う。
「今度、首都が大きく改築っていうか区画整理とかされるんだよね」
「え」
青年が今所属している、カセドリア連合王国の首都アズルウッドも、ティファリスのために建築が進められていた城の完成とともに、街の改造が行われる予定ではあった。
建物の老朽化や、人口の増加など、どこの国も同じ問題を抱えているだろうとは思っていたが。
「俺の知ってるルーンワールは、なくなるのか……」
青年はどこか寂しそうな、悔しそうな顔で俯いた。
鎧を整える手も止まってしまっていた。
「……引越しの準備も、しなきゃいけないんだよね」
その表情には気づかなかったふりをして、魔道士は言ってみるが、青年は何も言わずに俯いたままになってしまっていた。
「そんなに気になるなら、今の内に一度だけ、見に行っておく?」
以前、とある事情により、目覚めない青年をルーンワールの自宅へ連れ帰ったことはあったが、回復した後すぐに部屋からクリスタルの転移の力で帰還してしまったため、そのときは首都を見て回るなどはしていなかったのだ。
何年も前に、故郷を出たときに見たきりのはずだ。
「変わってしまう前に、記憶に焼きつけておけばいいんじゃないかな」
「でも、危険じゃないのか」
帰りたくないという気持ちと、見て置きたいという気持ちの間で揺れているのか、迷いを宿した瞳で青年は顔を上げた。
「この前は昼でもばれなかったし。今なら街を歩いても大丈夫なんじゃないかな」
転移時に意識があると難しいのかもしれないけど、と、魔道士は以前の移動の様子を説明した。気を失った戦士の手を、魔道士のクリスタルに触れさせ、その状態で帰還を念じて移動したのだ。
「試してみる? 行きたいなら協力するよ」
魔道士は自分が首から下げていた小さなクリスタルを取り出し、軽く揺らして見せた。
「頼んでも、いいかな」
少しの間黙って考えていた青年は、小さな声でそう言うと魔道士を見上げる。
帰国することはまだできないが、一目でいいから、変わってしまう前に故郷の姿を見ておきたかった。
すでに掠れて消えかけてしまっている、思い出を取り戻すために。
「わかった。じゃ、支払いしてから行くから、先に海岸で待ってて」
恐らく人目などほとんどないとは思うが、用心するに越したことはない。
待ち合わせ場所を決めて、ふたりは店を出た。
◇◇◇
海から吹いてくる風に、青年は首をすくめる。
やはり加護のある装備を身につけているとはいえ、それなりに寒い。
天気はよく、空は晴れてたくさんの星が見えているのが救いか。
冬の夜は晴れているほうが気温は下がりやすくなることもあるが、雲が立ち込める空というのは見ているだけで寒くなってくる。夜空が見えているほうが気分は暖かかった。
月明かりのおかげで視界もある程度は確保できている。
「お待たせ。じゃあ行こうか」
魔道士は青年に声をかけるとすぐに、手のひらにクリスタルを置いて差し出した。少し戸惑うようにして、青年はそこに手を重ねる。
「何も考えないでいてね」
「わかっ……」
返事をしようとしたその瞬間、重ねた手を強く握られて引き寄せられ、気づいたときには唇が塞がれていた。
頭の中が真っ白になる。
同時に目の前も光に包まれる。
その光がなくなったときには、二人は暗い石畳の街に立っていた。
◇◇◇
「あんたな……!」
触れたままだった唇が離れると、青年は慌てたように周囲を見回して、小声で魔道士を叱りつけようとした。
「だって、君絶対余計なこと考えるだろうと思って」
まあまあ、となだめるように両手を前に出し、魔道士は苦笑する。
帰りたい、帰りたくないという逡巡が転移に影響をしかねない。それを心配して、驚かせようと考えたらしい。
「だからって、もしこっちで人に見られたらどうするんだよ」
クリスタルでの転移先は国によって場所が決められており、首都のそのポイントには大抵、国の情報を管理するマネージャーのひとりがいる。
ちょうどこちらを見ていなかったようで、今更のように気づいた彼は「遅くまでご苦労さん」とだけ声をかけてきた。
それに敬礼だけして見せて、とにかくその場を離れる。
「ばれてないのかな」
「顔までは全部は把握してないだろうし、大丈夫だよ」
暗いからあまり見えてもいないしね、と魔道士は微笑む。
転移で入った地点は、兵士向けの装備を扱う店が並ぶ商店街近くだった。
魔道士は一瞬、このまま青年を近くにある自室へ招きたいような気もしたが、それでは当初の目的である彼の思い出の地巡りをする時間もなくなってしまいそうなので、誘いの言葉を飲み込んだ。
青年の記憶を頼りにまずは北へ進んで、仕事をしたという港を目指した。
街の北端、川を挟んだ向こう岸には、工場のような建物が並んでいる。
武器や防具だけでなく、家などを造るためのレンガや金具など、様々な製造物がその地域で造られている。
「あっちから船が来るんだ。時々、別の街から食料品なんかも来てたけど」
小さな港の端に立って、青年は指さす。
「最初のうちはひとりになりたくないとかいって、あいつもついて来ててな。小さい女の子だからっていうんで、親切に甘い菓子をくれたりする人もいたんだ」
両親を亡くしてからは日々食べるのに精一杯で、甘いものなど買い与えてやれなかったと青年は言う。
物心ついた頃には親はなく、義理の姉と共に孤児ばかりが集まる家で暮らした魔道士も、その頃の貧しい暮らしを思い出し、ふと目を細めた。
その後も、港からの荷物を運び込んだ先の店をこっそり見に行ったり、幼い妹を預けていたスラム街の友人の家の付近まで行ってみたりもした。
誰かに見られては困るということで、あまり長居はできなかったが。
最後に、青年たちが暮らしていたという家を探す。
小さな部屋が集まってできた集合住宅だ。
貴族の屋敷にほぼ住み込みの状態で勤めていた父はあまり帰宅はしなかったのもあってか、とても小さな部屋だった。他の部屋には新婚の夫婦などだけが住んでいたりもしたという。
「あいつが生まれるまでは、ほとんど母さんと俺と二人きりだったしな」
目的の建物を見つけても、すぐには近づけずに、遠くからそれを眺めて青年は言った。
「あの建物なら、たぶんもうみんな引越し済んでるから、入れると思うよ」
取り壊しの始まる時期が早い地域は、新しい住宅に先に移れるというのもあって、早々に移動していたのだ。魔道士はそれを告げ、先に立って歩き出す。
確かに、その住宅はあまりにも静まり返っていて、人の気配がまったくなかった。
「家財道具が少し残ってるんだな」
外から見える部屋のひとつを覗き込むと、机やベッドなどが残っていた。
「家具も古くなってる家が多いんだろうね。この地域の人はそれほど貧しくはないから、引っ越す際に新しいものに買い換えてるんじゃないかな」
魔道士はそう推測した。
「どこの部屋かは覚えてる?」
「ああ……一階の、一番西端」
脳裏に浮かぶ様々な思い出を辿って、その部屋へと進む。
その部屋には、青年たちの家族が去った後、他の家族が住んだりしていた形跡もあったが、青年の記憶とあまり変わってはおらず、懐かしい気持ちが膨れ上がる。
入ってすぐに台所と食堂が一緒になったような小さな部屋、そこから他のすべての部屋へ繋がっている。
その中心の部屋の柱のひとつに、いくつかの傷が並んでいた。
子どもの背丈くらいの高さだ。恐らく兄妹ふたりの背比べの跡だろう。
青年はその低いほうの傷のいくつかをそっとなぞっていた。
「今は、これくらいだよ」
魔道士が自分の肩あたりの高さの位置を指す。
「……随分大きくなっちゃったんだな」
今年でもう十六くらいにはなるはずだ。そのくらいあっても当たり前なのだが、成長する過程を見ていない青年は、ふと寂しそうな顔をした。
その顔を見られたくなかったのか、視線を合わせずに魔道士の後ろを通り、寝室のひとつらしい部屋へ移動する。
子ども向けの部屋だったのか、小さなベッドが置いたままになっていた。
「このベッド、俺たちが使ってた頃のままかも」
彼らが家を出る際は、家財道具はすべて置いていっていた。
青年は国を出るつもりだったし、妹は親戚の家にやっかいになるということで、持っていける状態ではなかったから。
後からこの部屋に住んだ家族は、そのまま残った家具を使っていたらしい。
「あいつが生まれたばっかりの頃は、父さんは外で働いてるし、俺がずっと面倒みてたんだよな」
母親は、青年の妹を産んだ際に命を落としている。
あの少女が兄以外の家族の話をしないのは、したくないからというよりも、記憶にないためできないのだ。
「夜中に結構泣く子でさ。近所迷惑だからって、背負って外散歩したりして」
その部屋を見回しながら、色々思い出したのか、青年は少し黙ってしまった。
なんと言っていいのかわからず、魔道士も静かにそれを見守っていた。
ふ、と溜息をひとつついて、青年はまた別の部屋へ移る。
今度は大人のための部屋らしく、大きめのベッドがある寝室だった。
「……母さん」
青年は消え入りそうな小さな声で呟いた。
表情は複雑で、何を思っているのかわからない。ただの懐かしさに浸る顔ではなく、寂しさや悲しさなども混じっているようだ。
その横顔があまりにも苦しそうで、魔道士は衝動的に青年を抱きしめていた。
「泣きたければ泣いていいよ」
こうしてれば見えないから、と囁く。
魔道士自身には、母親の記憶などなかった。だから、それを失うという苦痛は知らない。
だがもし、自分が姉代わりのあの人と死別するようなことがあったら、そしてこの青年を失うようなことがあったら、と想像してしまい、抱きしめる腕が震えた。
「……ごめん、俺は大丈夫だよ」
少しうろたえたように青年が答える。
震える魔道士の背を、逆になだめるようにそっと抱きしめ返した。
「そうだ、あいつはたぶんこの家の場所覚えてないだろうから、もしよかったら、今度あいつにもここを見せてやってくれないかな」
妹の彼女はまだ本当に幼いうちに、叔父の家へ連れて行かれ、ずっとそこで暮らしていた。叔父は人里離れた場所に、小さな家を造って住んでいるため、こちらへ彼女を連れてくることもなかっただろう。
「わかった」
魔道士は短くそう答えた。
少しの間、ふたりはどちらもそのまま動かなかった。
微かに、青年の体が震え出した。魔道士の背に回した手に力がこもる。
「本当に……ここはもう、壊されちゃうんだよな……」
声も少し震えている。魔道士は黙って聞いていた。
「あいつに、母さんや父さんのこと、もっと教えてやればよかった。もっと一緒にいて、思い出を増やしてやればよかった。あんなに、小さかったのに、ひとりにして……」
どうして俺は、ひとりで国を出てしまったんだ。
自分を責めるかのように声を搾り出す青年を、魔道士はただ強く抱きしめるしかなかった。
彼が自身を責める言葉は、そのまま魔道士を同様に責める。
なぜ、彼女を残して、故郷を捨ててしまったのか。
彼の妹が見せる寂しそうな顔はそのまま、別れを決めたときの姉の顔を思い出させる。
なぜ、彼女をひとりにしてしまったのか。
「戦争が、終わったら」
彼の妹の言葉を思い出す。
「戦争が終わったら、会ってゆっくり話せばいい」
自分自身が、そんな日が来ることをなかなか信じられずにいる。しかしだからこそ魔道士は、自分にも言い聞かせるかのように、そう口にした。
しかし青年は答えずに、そのまま魔道士の肩に顔を埋めて、震えていた。
恐らく涙を見られたくないのだろう。
魔道士はそっと顔をずらして、そんな青年の唇を無理矢理塞いだ。
「……っ」
一瞬、驚いたように肩が揺れたが、入り込む舌にも抗わず受け入れる。
だが、魔道士の手が鎧の下、さらに服の中に滑り込んだとき、青年はもがき始めた。
「待ってくれ、この家では……」
背に回していた腕を突っ張るように魔道士の胸に当て、青年は困ったような顔をする。
「その、あんたとすると印象が強烈だから、ここでの思い出が消されそうで」
恥ずかしそうに視線をそらし、顔を赤らめて小声でそう伝える。
「あ、うん、ごめん」
苦しんだり悲しんだりする姿を見るのがつらくて、ついなんとかしたいと考えてしまったのだが、魔道士はまた余計に青年を苦しめてしまいそうになった自分に溜息をついた。
しかし、一度高ぶってしまった気持ちが治まりそうもない。
「……せっかくルーンワールに来たんだし、うちにも寄っていかない?」
夜風で体も冷えてるし、お茶でも、と魔道士は微笑む。
「え、でも」
あまり長居すると危険だと考えているのか、青年は迷った風に視線を落とす。
「大丈夫だよ、部屋の中に居れば人に見られることもないし。うちはあの商店街の近くだから、窓から思い出の場所なんかも見えるかもよ?」
もうちょっと、この懐かしい街を見ていきなよ、と誘いをかける。
「わかった、じゃあお邪魔していいかな」
少し躊躇しながら、そしてどことなく顔を赤らめたままなのは、魔道士が何を考えて誘っているのか、わかっているからだろう。
だからこそ、素直にそれに乗ってしまうことには抵抗があるようだ。
魔道士はその場で押し倒したくなる気持ちをなんとか抑えて、青年の手を引いて部屋を出た。
◇◇◇
「手、離せよ……」
「どうせ誰も見てないんだし、いいじゃない」
移動する際、魔道士はその手を握ったまま離そうとしなかった。
「案内するのもこの方が楽だし」
「こ、子どもじゃないんだから普通についていけるって」
青年は、迷子になると心配されたと感じて、少し怒ったような声で抗議した。
「まあ気にしない気にしない。もうすぐだよ」
商店の並ぶ道を少し過ぎ、上階が下宿となっている建物のひとつの裏手へと入っていく。
◇◇◇
魔道士の部屋へ入り、その明かりが灯されると。
「おい、あんたこれ引越しまでに片付くのか?」
以前訪れたときはあまりきちんと見てはいなかったが、今のその部屋は、「片付けようとして引っ掻き回した」といった様相で、さらに酷くなったように感じられた。
積み直された小箱の類は大きさがまちまちで崩れそうだし、一部だけ紐でくくられた書物は所在なげに床に転がっている。
そしてまだまったく手付かずであろう棚の品物も、部屋のあちこちからふたりを見下ろしていた。
「うーん、まあなんとかするつもりではあるんだけど」
魔道士は頭をかきながら湯を沸かしに行く。片付けてしまったのかお茶の葉がなかなか見つからず、しばらく探していた。
「ただのお湯でもいいぞ?」
そんな魔道士の姿に、青年は苦笑した。
それでもなんとか見つけた紅い茶を淹れて、魔道士はそれを差し出した。
「ありがとう」
まずカップがとても暖かく、冷えてきていた指先にじんわりと沁みる。
ひとくち含んで飲み込むと、喉や腹から熱が伝わって、なんとなくほっとさせた。
暖炉に入れた火も勢いを増してきて、だんだんと暖かくなってくる。
しばらくはどちらもなんとなく黙ってしまって、青年はたまに窓から外を眺めるなどして過ごしていた。
もう日付も変わっており、表を歩く者などまったくいないようだ。
茶を飲み終えてしまい、魔道士が片付けている間、青年はなんとなく部屋を見て回る。とはいえ、物で埋まっていてそれほど広くは感じられず、あまり動けてはいないのだが。
ふと、明かりが少し弱まったような気がして顔を上げると、
「ベッドはそっち」
すぐ後ろに魔道士がやってきて囁いた。
「べ、別にそれを探してたわけじゃ……」
薄暗い中でもわかるくらい真っ赤になって、青年は声を荒げる。
「なーんだ違うのか。てっきり君も期待してるんだと思ってた」
少し意地悪く微笑んで、魔道士は青年の腰に手を回す。
「期待なんて……だいたい今日はもうヴィネルで」
したじゃないか、とは言葉にできずに、青年は俯いた。
「そうだね。それなのにまたしたいだなんて、恥ずかしくて言えないよね」
わかってるわかってる、という態度で魔道士はそのまま青年の腰を引き寄せた。
「そんなことっ」
考えてない、と言おうとして、魔道士の唇にそれを止められる。
舌を絡め取られながら腰や腿を撫でられて、青年の思考は停止した。
「素直なんだか素直じゃないんだか……でもそんなとこが好きだよ」
抵抗しなくなった青年に魔道士はそっと囁き、すぐにまた唇を重ねた。
静かな部屋の中で、二人の吐息だけが熱く、荒くなっていく。
◇◇◇
「なんか、部屋に来て改めて、とか、照れくさいな」
鎧をすべて外されてベッドに倒され、少しずつ服を奪われながら青年が呟く。
「興奮する?」
「そういう聞き方するなよ……」
にこにこと微笑みながら嬉しそうに訊ねる魔道士に、青年は眉をひそめた。
魔道士のほうも装備のほとんどをすでに外しており、時折肌と肌が触れる。
興奮してなどいない、とは言えないほど、すでに体は熱くなってきていた。
「ところでさ」
首筋に口づけ始めた魔道士の髪を梳くように撫でながら、
「この部屋、その、音とか声……平気なのか?」
言いづらそうに口ごもりながら、青年が訊ねる。
「んー、壁はそんなに厚くはないけど、もう引っ越してる人のが多いし」
そもそも僕が誰か連れ込んで何かしてても誰も気にしないから、と、とても気楽な声で魔道士は答えた。
そのまま気にせず、口づけと愛撫を繰り返す。
「え……っと、それって、なんだ、その」
触れられるたびに震えながら、声を抑え気味に青年は戸惑いを口にする。
「き、聞こえる、ってこと……っ、ぁあっ」
下着の中にまでその指が伸ばされて、思わず喘いでしまう。
「気にしなくていいから。聞こえても誰も君だなんてわからないんだし」
まあ我慢してる君もそそるんだけどね、などと言って、魔道士はさらに指を這わせた。
「ばかやろ……っこっちは恥ずかしいんだって……!」
声を抑えたいのもあって、つい魔道士の髪を強く掴んでしまう。
「痛たたたたた、わかった、ごめん、ごめん」
謝ったからとはいえやめる気はないのだが、魔道士は青年が髪を離してくれるまで謝り続け、とりあえず指だけは一度止めた。
◇◇◇
明かりは消してしまい、窓からの月明かりだけが照らす部屋の中で、二人は静かに絡みあっていた。
どうしても青年が声や音を気にするため、あまり激しくならないようにと、魔道士も少しだけ気を使っていたのだ。
それでも時折抑えられなくなってか、青年は声を上げてしまい、その後に酷く恥ずかしそうに歯を食いしばる。
「だから、気にする必要ないって……かわいいなぁ」
「言うな……」
羞恥や、下手に我慢をしようとしているためか、青年は余計に感じやすくなってしまっていたようで、放出を伴わない快楽の頂点に、何度も達してしまっていた。
それがまた恥ずかしく、魔道士の目をまともに見られないようで、伏目がちに魔道士にしがみついている。
「こんな君見てると、余計に意地悪したくなっちゃうよ」
魔道士は微笑んでそう言うと、青年の片脚を上げさせ、肩に担ぐようにして体の位置を変えた。ぎしり、とベッドが軋む。
「ちょ、なに」
「少しくらい激しくしてもいいよね?」
もう誰も起きてないから平気だよ、と言うが早いか、魔道士は突き上げるようにして動きを早めた。
「や、でぃるっ……やめ」
それまでの穏やかな交わりがまるで嘘のような、激しい痺れが体を走り、青年は声を抑えられなくなった。軋む音も激しく、階下に聞こえてしまうのではないかという恐れがさらに青年を追いつめる。
「やぁっ、あ、あ、あ、あぁっ」
魔道士の体がぶつかる律動に合わせるようにして、声が上がる。
その声が魔道士の情欲を加速させる。
「ヴィネルだとこのくらいの声出てるよね? 向こうで気にしないなら、ここでも気にしなくていいよ。もっと、聞かせて」
魔道士のその言葉に答える余裕もなく、青年はただ熱を帯びた声を上げ続けていた。
少しでも抑えようとしているのか、手は敷布を握り締め、担がれた足は魔道士を引き寄せるように力が入っている。
「もっと求めて……」
その足をさらに強く抱えるようにして、魔道士は登りつめていった。
◇◇◇
いつの間にか、ふたりは眠りについていた。
ふと、何か聞こえて、魔道士は目を覚ました。自分にしがみつくようにして眠っている青年の目から、何か光るものが零れ落ちる。
「かあさん……」
昔の夢でも見ているのか、酷く寂しそうに、そして求めるような声で呟いている。
母親の夢を見ることができる青年を、魔道士は少しうらやましく思った。自分は夢を見るとしても、母の姿をはっきりと思い浮かべることができない。いつも、顔も、声も、そしてできごとすらも、すべてがぼんやりとしているのだ。母親の記憶が、ないから。
涙を拭うようにしてそっと指を這わせ、そのまま髪を撫でてやる。
どんな夢なのかはわからないが、そうしているうちに落ち着いたのか、青年の顔が少し微笑むように動いた。
「かあ、さ」
そんな寝言を言いながら、さらにしがみつかれて、魔道士はなんとなく嫉妬のようなものを感じてしまった。
それが、母の記憶のある青年に対してなのか、青年の夢の世界を支配している彼の母親に対してなのか、はっきりしなかったが。
「カルヴァン」
そっと名を囁いて、唇を重ねる。髪を撫でていた手をそっと背に這わせ、抱き寄せる。
「ん……」
始めは夢の中でも驚いたのか、青年は身をよじった。
魔道士は構わずに指を少しずつ下げていく。
舌を強く吸い、歯をなぞり、唇をついばむ。
片腕でさらに強く抱きながら、線を描いていた指を目的地へと滑り込ませる。
「ぅんっ……でぃ、るっ」
眠ったままの青年の口から自分の名前を導きだし、魔道士は満足そうに目を細めた。
と、同時に、おそらく夢の中から彼の母親を追い出してしまったことを、少しだけ後悔する。
「なにやってんだ、おれ……」
ごめん、と囁きながらも、その行為をやめられずに、舌を絡め、指を蠢かせる。
「夢も、思い出も、全部僕で埋めてしまえればいいのに」
喘ぎ始めた青年が目覚めてしまう前に、そっと指を離して最後に軽くまぶたに口づけた。
「おやすみ」
自身も再び眠りにつくため、瞳を閉じる。
このままずっとこうして、ふたりで眠っていたい。そんなことを思いながら、青年を抱きしめる腕に力を込めた。
朝になれば青年は恐らくすぐに帰ってしまうだろう。
これほどまでに夜明けを憎らしいと思ったことは、なかった。
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時系列的にどこに入るのかが微妙になってしまったんですが、『痛哭』よりもずっと後かなぁという感じです。
薬の副作用ネタあたりがまた連続ものになってしまってるので、それが書き終わるまではちょっと順番がまとめられないかも……。
※はれんてぃえなひとの過去に触れて書いてますが、まだチェックしてもらってない状態なので、後で変更が入るかもしれません、その辺ご了承ください。
『掠れた記憶』
比較的暖かい地方に位置するこの島でも、やはりこの季節の風は冷たい。
深夜ともなると、街を行き交う人もまばらだ。
ここヴィネル島の歓楽街も、そろそろ静かになる時間帯だった。
「今から帰るのも億劫だなぁ」
黒髪の魔道士が、そっと窓を閉めながら呟いた。
帰宅のためにすでに、いつもの黒と紺のローブを身にまとってはいたのだが。
「やっぱりあっちはもう寒いのか?」
同じく、帰るつもりで鎧をつけなおしていた、銀髪の戦士が訊ねる。
あっち、というのは、戦士の故郷でもあり、魔道士が今現在身を置いている国でもある、ゲブランド帝国の首都、ルーンワールのことだ。
「このくらいの時間になると、外套なしじゃ結構つらいかな」
戦闘用の装備をしていれば、普通の衣服と違いクリスタルの加護もあるため、多少は寒さなども防げるのだが、それでも夜風は身にしみる。
「そうか……この時期は仕事探すのもつらかったからな」
何かを思い出したかのように、戦士の青年はふと目を細めた。
「どんな仕事してたの?」
青年は両親を失った後、少しの間妹と二人だけで暮らしていた。
その頃のことを、青年はあまり語らず、彼の妹は幼すぎて覚えていないのか、魔道士との話題に上ることがない。なんとなく気になって、そう訊ねていた。
「うーん、まだ子どもだったし、店やら運搬業の荷物運びの手伝いとか」
その頃から戦士としての修行はしていたため、多少魔物狩りもしていたという。
「対岸にさ、煙突のたくさんある街が見える港があって、そっちからいろいろ船で運ばれて来たりしてたんだ。それを受け取って店まで運んだりとか」
その光景を思い出しているのか、青年の目はどこか遠くを見たままだ。
「そういえば」
ふと、魔道士は思い出したようにぼそりと言う。
「今度、首都が大きく改築っていうか区画整理とかされるんだよね」
「え」
青年が今所属している、カセドリア連合王国の首都アズルウッドも、ティファリスのために建築が進められていた城の完成とともに、街の改造が行われる予定ではあった。
建物の老朽化や、人口の増加など、どこの国も同じ問題を抱えているだろうとは思っていたが。
「俺の知ってるルーンワールは、なくなるのか……」
青年はどこか寂しそうな、悔しそうな顔で俯いた。
鎧を整える手も止まってしまっていた。
「……引越しの準備も、しなきゃいけないんだよね」
その表情には気づかなかったふりをして、魔道士は言ってみるが、青年は何も言わずに俯いたままになってしまっていた。
「そんなに気になるなら、今の内に一度だけ、見に行っておく?」
以前、とある事情により、目覚めない青年をルーンワールの自宅へ連れ帰ったことはあったが、回復した後すぐに部屋からクリスタルの転移の力で帰還してしまったため、そのときは首都を見て回るなどはしていなかったのだ。
何年も前に、故郷を出たときに見たきりのはずだ。
「変わってしまう前に、記憶に焼きつけておけばいいんじゃないかな」
「でも、危険じゃないのか」
帰りたくないという気持ちと、見て置きたいという気持ちの間で揺れているのか、迷いを宿した瞳で青年は顔を上げた。
「この前は昼でもばれなかったし。今なら街を歩いても大丈夫なんじゃないかな」
転移時に意識があると難しいのかもしれないけど、と、魔道士は以前の移動の様子を説明した。気を失った戦士の手を、魔道士のクリスタルに触れさせ、その状態で帰還を念じて移動したのだ。
「試してみる? 行きたいなら協力するよ」
魔道士は自分が首から下げていた小さなクリスタルを取り出し、軽く揺らして見せた。
「頼んでも、いいかな」
少しの間黙って考えていた青年は、小さな声でそう言うと魔道士を見上げる。
帰国することはまだできないが、一目でいいから、変わってしまう前に故郷の姿を見ておきたかった。
すでに掠れて消えかけてしまっている、思い出を取り戻すために。
「わかった。じゃ、支払いしてから行くから、先に海岸で待ってて」
恐らく人目などほとんどないとは思うが、用心するに越したことはない。
待ち合わせ場所を決めて、ふたりは店を出た。
◇◇◇
海から吹いてくる風に、青年は首をすくめる。
やはり加護のある装備を身につけているとはいえ、それなりに寒い。
天気はよく、空は晴れてたくさんの星が見えているのが救いか。
冬の夜は晴れているほうが気温は下がりやすくなることもあるが、雲が立ち込める空というのは見ているだけで寒くなってくる。夜空が見えているほうが気分は暖かかった。
月明かりのおかげで視界もある程度は確保できている。
「お待たせ。じゃあ行こうか」
魔道士は青年に声をかけるとすぐに、手のひらにクリスタルを置いて差し出した。少し戸惑うようにして、青年はそこに手を重ねる。
「何も考えないでいてね」
「わかっ……」
返事をしようとしたその瞬間、重ねた手を強く握られて引き寄せられ、気づいたときには唇が塞がれていた。
頭の中が真っ白になる。
同時に目の前も光に包まれる。
その光がなくなったときには、二人は暗い石畳の街に立っていた。
◇◇◇
「あんたな……!」
触れたままだった唇が離れると、青年は慌てたように周囲を見回して、小声で魔道士を叱りつけようとした。
「だって、君絶対余計なこと考えるだろうと思って」
まあまあ、となだめるように両手を前に出し、魔道士は苦笑する。
帰りたい、帰りたくないという逡巡が転移に影響をしかねない。それを心配して、驚かせようと考えたらしい。
「だからって、もしこっちで人に見られたらどうするんだよ」
クリスタルでの転移先は国によって場所が決められており、首都のそのポイントには大抵、国の情報を管理するマネージャーのひとりがいる。
ちょうどこちらを見ていなかったようで、今更のように気づいた彼は「遅くまでご苦労さん」とだけ声をかけてきた。
それに敬礼だけして見せて、とにかくその場を離れる。
「ばれてないのかな」
「顔までは全部は把握してないだろうし、大丈夫だよ」
暗いからあまり見えてもいないしね、と魔道士は微笑む。
転移で入った地点は、兵士向けの装備を扱う店が並ぶ商店街近くだった。
魔道士は一瞬、このまま青年を近くにある自室へ招きたいような気もしたが、それでは当初の目的である彼の思い出の地巡りをする時間もなくなってしまいそうなので、誘いの言葉を飲み込んだ。
青年の記憶を頼りにまずは北へ進んで、仕事をしたという港を目指した。
街の北端、川を挟んだ向こう岸には、工場のような建物が並んでいる。
武器や防具だけでなく、家などを造るためのレンガや金具など、様々な製造物がその地域で造られている。
「あっちから船が来るんだ。時々、別の街から食料品なんかも来てたけど」
小さな港の端に立って、青年は指さす。
「最初のうちはひとりになりたくないとかいって、あいつもついて来ててな。小さい女の子だからっていうんで、親切に甘い菓子をくれたりする人もいたんだ」
両親を亡くしてからは日々食べるのに精一杯で、甘いものなど買い与えてやれなかったと青年は言う。
物心ついた頃には親はなく、義理の姉と共に孤児ばかりが集まる家で暮らした魔道士も、その頃の貧しい暮らしを思い出し、ふと目を細めた。
その後も、港からの荷物を運び込んだ先の店をこっそり見に行ったり、幼い妹を預けていたスラム街の友人の家の付近まで行ってみたりもした。
誰かに見られては困るということで、あまり長居はできなかったが。
最後に、青年たちが暮らしていたという家を探す。
小さな部屋が集まってできた集合住宅だ。
貴族の屋敷にほぼ住み込みの状態で勤めていた父はあまり帰宅はしなかったのもあってか、とても小さな部屋だった。他の部屋には新婚の夫婦などだけが住んでいたりもしたという。
「あいつが生まれるまでは、ほとんど母さんと俺と二人きりだったしな」
目的の建物を見つけても、すぐには近づけずに、遠くからそれを眺めて青年は言った。
「あの建物なら、たぶんもうみんな引越し済んでるから、入れると思うよ」
取り壊しの始まる時期が早い地域は、新しい住宅に先に移れるというのもあって、早々に移動していたのだ。魔道士はそれを告げ、先に立って歩き出す。
確かに、その住宅はあまりにも静まり返っていて、人の気配がまったくなかった。
「家財道具が少し残ってるんだな」
外から見える部屋のひとつを覗き込むと、机やベッドなどが残っていた。
「家具も古くなってる家が多いんだろうね。この地域の人はそれほど貧しくはないから、引っ越す際に新しいものに買い換えてるんじゃないかな」
魔道士はそう推測した。
「どこの部屋かは覚えてる?」
「ああ……一階の、一番西端」
脳裏に浮かぶ様々な思い出を辿って、その部屋へと進む。
その部屋には、青年たちの家族が去った後、他の家族が住んだりしていた形跡もあったが、青年の記憶とあまり変わってはおらず、懐かしい気持ちが膨れ上がる。
入ってすぐに台所と食堂が一緒になったような小さな部屋、そこから他のすべての部屋へ繋がっている。
その中心の部屋の柱のひとつに、いくつかの傷が並んでいた。
子どもの背丈くらいの高さだ。恐らく兄妹ふたりの背比べの跡だろう。
青年はその低いほうの傷のいくつかをそっとなぞっていた。
「今は、これくらいだよ」
魔道士が自分の肩あたりの高さの位置を指す。
「……随分大きくなっちゃったんだな」
今年でもう十六くらいにはなるはずだ。そのくらいあっても当たり前なのだが、成長する過程を見ていない青年は、ふと寂しそうな顔をした。
その顔を見られたくなかったのか、視線を合わせずに魔道士の後ろを通り、寝室のひとつらしい部屋へ移動する。
子ども向けの部屋だったのか、小さなベッドが置いたままになっていた。
「このベッド、俺たちが使ってた頃のままかも」
彼らが家を出る際は、家財道具はすべて置いていっていた。
青年は国を出るつもりだったし、妹は親戚の家にやっかいになるということで、持っていける状態ではなかったから。
後からこの部屋に住んだ家族は、そのまま残った家具を使っていたらしい。
「あいつが生まれたばっかりの頃は、父さんは外で働いてるし、俺がずっと面倒みてたんだよな」
母親は、青年の妹を産んだ際に命を落としている。
あの少女が兄以外の家族の話をしないのは、したくないからというよりも、記憶にないためできないのだ。
「夜中に結構泣く子でさ。近所迷惑だからって、背負って外散歩したりして」
その部屋を見回しながら、色々思い出したのか、青年は少し黙ってしまった。
なんと言っていいのかわからず、魔道士も静かにそれを見守っていた。
ふ、と溜息をひとつついて、青年はまた別の部屋へ移る。
今度は大人のための部屋らしく、大きめのベッドがある寝室だった。
「……母さん」
青年は消え入りそうな小さな声で呟いた。
表情は複雑で、何を思っているのかわからない。ただの懐かしさに浸る顔ではなく、寂しさや悲しさなども混じっているようだ。
その横顔があまりにも苦しそうで、魔道士は衝動的に青年を抱きしめていた。
「泣きたければ泣いていいよ」
こうしてれば見えないから、と囁く。
魔道士自身には、母親の記憶などなかった。だから、それを失うという苦痛は知らない。
だがもし、自分が姉代わりのあの人と死別するようなことがあったら、そしてこの青年を失うようなことがあったら、と想像してしまい、抱きしめる腕が震えた。
「……ごめん、俺は大丈夫だよ」
少しうろたえたように青年が答える。
震える魔道士の背を、逆になだめるようにそっと抱きしめ返した。
「そうだ、あいつはたぶんこの家の場所覚えてないだろうから、もしよかったら、今度あいつにもここを見せてやってくれないかな」
妹の彼女はまだ本当に幼いうちに、叔父の家へ連れて行かれ、ずっとそこで暮らしていた。叔父は人里離れた場所に、小さな家を造って住んでいるため、こちらへ彼女を連れてくることもなかっただろう。
「わかった」
魔道士は短くそう答えた。
少しの間、ふたりはどちらもそのまま動かなかった。
微かに、青年の体が震え出した。魔道士の背に回した手に力がこもる。
「本当に……ここはもう、壊されちゃうんだよな……」
声も少し震えている。魔道士は黙って聞いていた。
「あいつに、母さんや父さんのこと、もっと教えてやればよかった。もっと一緒にいて、思い出を増やしてやればよかった。あんなに、小さかったのに、ひとりにして……」
どうして俺は、ひとりで国を出てしまったんだ。
自分を責めるかのように声を搾り出す青年を、魔道士はただ強く抱きしめるしかなかった。
彼が自身を責める言葉は、そのまま魔道士を同様に責める。
なぜ、彼女を残して、故郷を捨ててしまったのか。
彼の妹が見せる寂しそうな顔はそのまま、別れを決めたときの姉の顔を思い出させる。
なぜ、彼女をひとりにしてしまったのか。
「戦争が、終わったら」
彼の妹の言葉を思い出す。
「戦争が終わったら、会ってゆっくり話せばいい」
自分自身が、そんな日が来ることをなかなか信じられずにいる。しかしだからこそ魔道士は、自分にも言い聞かせるかのように、そう口にした。
しかし青年は答えずに、そのまま魔道士の肩に顔を埋めて、震えていた。
恐らく涙を見られたくないのだろう。
魔道士はそっと顔をずらして、そんな青年の唇を無理矢理塞いだ。
「……っ」
一瞬、驚いたように肩が揺れたが、入り込む舌にも抗わず受け入れる。
だが、魔道士の手が鎧の下、さらに服の中に滑り込んだとき、青年はもがき始めた。
「待ってくれ、この家では……」
背に回していた腕を突っ張るように魔道士の胸に当て、青年は困ったような顔をする。
「その、あんたとすると印象が強烈だから、ここでの思い出が消されそうで」
恥ずかしそうに視線をそらし、顔を赤らめて小声でそう伝える。
「あ、うん、ごめん」
苦しんだり悲しんだりする姿を見るのがつらくて、ついなんとかしたいと考えてしまったのだが、魔道士はまた余計に青年を苦しめてしまいそうになった自分に溜息をついた。
しかし、一度高ぶってしまった気持ちが治まりそうもない。
「……せっかくルーンワールに来たんだし、うちにも寄っていかない?」
夜風で体も冷えてるし、お茶でも、と魔道士は微笑む。
「え、でも」
あまり長居すると危険だと考えているのか、青年は迷った風に視線を落とす。
「大丈夫だよ、部屋の中に居れば人に見られることもないし。うちはあの商店街の近くだから、窓から思い出の場所なんかも見えるかもよ?」
もうちょっと、この懐かしい街を見ていきなよ、と誘いをかける。
「わかった、じゃあお邪魔していいかな」
少し躊躇しながら、そしてどことなく顔を赤らめたままなのは、魔道士が何を考えて誘っているのか、わかっているからだろう。
だからこそ、素直にそれに乗ってしまうことには抵抗があるようだ。
魔道士はその場で押し倒したくなる気持ちをなんとか抑えて、青年の手を引いて部屋を出た。
◇◇◇
「手、離せよ……」
「どうせ誰も見てないんだし、いいじゃない」
移動する際、魔道士はその手を握ったまま離そうとしなかった。
「案内するのもこの方が楽だし」
「こ、子どもじゃないんだから普通についていけるって」
青年は、迷子になると心配されたと感じて、少し怒ったような声で抗議した。
「まあ気にしない気にしない。もうすぐだよ」
商店の並ぶ道を少し過ぎ、上階が下宿となっている建物のひとつの裏手へと入っていく。
◇◇◇
魔道士の部屋へ入り、その明かりが灯されると。
「おい、あんたこれ引越しまでに片付くのか?」
以前訪れたときはあまりきちんと見てはいなかったが、今のその部屋は、「片付けようとして引っ掻き回した」といった様相で、さらに酷くなったように感じられた。
積み直された小箱の類は大きさがまちまちで崩れそうだし、一部だけ紐でくくられた書物は所在なげに床に転がっている。
そしてまだまったく手付かずであろう棚の品物も、部屋のあちこちからふたりを見下ろしていた。
「うーん、まあなんとかするつもりではあるんだけど」
魔道士は頭をかきながら湯を沸かしに行く。片付けてしまったのかお茶の葉がなかなか見つからず、しばらく探していた。
「ただのお湯でもいいぞ?」
そんな魔道士の姿に、青年は苦笑した。
それでもなんとか見つけた紅い茶を淹れて、魔道士はそれを差し出した。
「ありがとう」
まずカップがとても暖かく、冷えてきていた指先にじんわりと沁みる。
ひとくち含んで飲み込むと、喉や腹から熱が伝わって、なんとなくほっとさせた。
暖炉に入れた火も勢いを増してきて、だんだんと暖かくなってくる。
しばらくはどちらもなんとなく黙ってしまって、青年はたまに窓から外を眺めるなどして過ごしていた。
もう日付も変わっており、表を歩く者などまったくいないようだ。
茶を飲み終えてしまい、魔道士が片付けている間、青年はなんとなく部屋を見て回る。とはいえ、物で埋まっていてそれほど広くは感じられず、あまり動けてはいないのだが。
ふと、明かりが少し弱まったような気がして顔を上げると、
「ベッドはそっち」
すぐ後ろに魔道士がやってきて囁いた。
「べ、別にそれを探してたわけじゃ……」
薄暗い中でもわかるくらい真っ赤になって、青年は声を荒げる。
「なーんだ違うのか。てっきり君も期待してるんだと思ってた」
少し意地悪く微笑んで、魔道士は青年の腰に手を回す。
「期待なんて……だいたい今日はもうヴィネルで」
したじゃないか、とは言葉にできずに、青年は俯いた。
「そうだね。それなのにまたしたいだなんて、恥ずかしくて言えないよね」
わかってるわかってる、という態度で魔道士はそのまま青年の腰を引き寄せた。
「そんなことっ」
考えてない、と言おうとして、魔道士の唇にそれを止められる。
舌を絡め取られながら腰や腿を撫でられて、青年の思考は停止した。
「素直なんだか素直じゃないんだか……でもそんなとこが好きだよ」
抵抗しなくなった青年に魔道士はそっと囁き、すぐにまた唇を重ねた。
静かな部屋の中で、二人の吐息だけが熱く、荒くなっていく。
◇◇◇
「なんか、部屋に来て改めて、とか、照れくさいな」
鎧をすべて外されてベッドに倒され、少しずつ服を奪われながら青年が呟く。
「興奮する?」
「そういう聞き方するなよ……」
にこにこと微笑みながら嬉しそうに訊ねる魔道士に、青年は眉をひそめた。
魔道士のほうも装備のほとんどをすでに外しており、時折肌と肌が触れる。
興奮してなどいない、とは言えないほど、すでに体は熱くなってきていた。
「ところでさ」
首筋に口づけ始めた魔道士の髪を梳くように撫でながら、
「この部屋、その、音とか声……平気なのか?」
言いづらそうに口ごもりながら、青年が訊ねる。
「んー、壁はそんなに厚くはないけど、もう引っ越してる人のが多いし」
そもそも僕が誰か連れ込んで何かしてても誰も気にしないから、と、とても気楽な声で魔道士は答えた。
そのまま気にせず、口づけと愛撫を繰り返す。
「え……っと、それって、なんだ、その」
触れられるたびに震えながら、声を抑え気味に青年は戸惑いを口にする。
「き、聞こえる、ってこと……っ、ぁあっ」
下着の中にまでその指が伸ばされて、思わず喘いでしまう。
「気にしなくていいから。聞こえても誰も君だなんてわからないんだし」
まあ我慢してる君もそそるんだけどね、などと言って、魔道士はさらに指を這わせた。
「ばかやろ……っこっちは恥ずかしいんだって……!」
声を抑えたいのもあって、つい魔道士の髪を強く掴んでしまう。
「痛たたたたた、わかった、ごめん、ごめん」
謝ったからとはいえやめる気はないのだが、魔道士は青年が髪を離してくれるまで謝り続け、とりあえず指だけは一度止めた。
◇◇◇
明かりは消してしまい、窓からの月明かりだけが照らす部屋の中で、二人は静かに絡みあっていた。
どうしても青年が声や音を気にするため、あまり激しくならないようにと、魔道士も少しだけ気を使っていたのだ。
それでも時折抑えられなくなってか、青年は声を上げてしまい、その後に酷く恥ずかしそうに歯を食いしばる。
「だから、気にする必要ないって……かわいいなぁ」
「言うな……」
羞恥や、下手に我慢をしようとしているためか、青年は余計に感じやすくなってしまっていたようで、放出を伴わない快楽の頂点に、何度も達してしまっていた。
それがまた恥ずかしく、魔道士の目をまともに見られないようで、伏目がちに魔道士にしがみついている。
「こんな君見てると、余計に意地悪したくなっちゃうよ」
魔道士は微笑んでそう言うと、青年の片脚を上げさせ、肩に担ぐようにして体の位置を変えた。ぎしり、とベッドが軋む。
「ちょ、なに」
「少しくらい激しくしてもいいよね?」
もう誰も起きてないから平気だよ、と言うが早いか、魔道士は突き上げるようにして動きを早めた。
「や、でぃるっ……やめ」
それまでの穏やかな交わりがまるで嘘のような、激しい痺れが体を走り、青年は声を抑えられなくなった。軋む音も激しく、階下に聞こえてしまうのではないかという恐れがさらに青年を追いつめる。
「やぁっ、あ、あ、あ、あぁっ」
魔道士の体がぶつかる律動に合わせるようにして、声が上がる。
その声が魔道士の情欲を加速させる。
「ヴィネルだとこのくらいの声出てるよね? 向こうで気にしないなら、ここでも気にしなくていいよ。もっと、聞かせて」
魔道士のその言葉に答える余裕もなく、青年はただ熱を帯びた声を上げ続けていた。
少しでも抑えようとしているのか、手は敷布を握り締め、担がれた足は魔道士を引き寄せるように力が入っている。
「もっと求めて……」
その足をさらに強く抱えるようにして、魔道士は登りつめていった。
◇◇◇
いつの間にか、ふたりは眠りについていた。
ふと、何か聞こえて、魔道士は目を覚ました。自分にしがみつくようにして眠っている青年の目から、何か光るものが零れ落ちる。
「かあさん……」
昔の夢でも見ているのか、酷く寂しそうに、そして求めるような声で呟いている。
母親の夢を見ることができる青年を、魔道士は少しうらやましく思った。自分は夢を見るとしても、母の姿をはっきりと思い浮かべることができない。いつも、顔も、声も、そしてできごとすらも、すべてがぼんやりとしているのだ。母親の記憶が、ないから。
涙を拭うようにしてそっと指を這わせ、そのまま髪を撫でてやる。
どんな夢なのかはわからないが、そうしているうちに落ち着いたのか、青年の顔が少し微笑むように動いた。
「かあ、さ」
そんな寝言を言いながら、さらにしがみつかれて、魔道士はなんとなく嫉妬のようなものを感じてしまった。
それが、母の記憶のある青年に対してなのか、青年の夢の世界を支配している彼の母親に対してなのか、はっきりしなかったが。
「カルヴァン」
そっと名を囁いて、唇を重ねる。髪を撫でていた手をそっと背に這わせ、抱き寄せる。
「ん……」
始めは夢の中でも驚いたのか、青年は身をよじった。
魔道士は構わずに指を少しずつ下げていく。
舌を強く吸い、歯をなぞり、唇をついばむ。
片腕でさらに強く抱きながら、線を描いていた指を目的地へと滑り込ませる。
「ぅんっ……でぃ、るっ」
眠ったままの青年の口から自分の名前を導きだし、魔道士は満足そうに目を細めた。
と、同時に、おそらく夢の中から彼の母親を追い出してしまったことを、少しだけ後悔する。
「なにやってんだ、おれ……」
ごめん、と囁きながらも、その行為をやめられずに、舌を絡め、指を蠢かせる。
「夢も、思い出も、全部僕で埋めてしまえればいいのに」
喘ぎ始めた青年が目覚めてしまう前に、そっと指を離して最後に軽くまぶたに口づけた。
「おやすみ」
自身も再び眠りにつくため、瞳を閉じる。
このままずっとこうして、ふたりで眠っていたい。そんなことを思いながら、青年を抱きしめる腕に力を込めた。
朝になれば青年は恐らくすぐに帰ってしまうだろう。
これほどまでに夜明けを憎らしいと思ったことは、なかった。
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時系列的にどこに入るのかが微妙になってしまったんですが、『痛哭』よりもずっと後かなぁという感じです。
薬の副作用ネタあたりがまた連続ものになってしまってるので、それが書き終わるまではちょっと順番がまとめられないかも……。
